あ〜るの考察外伝
冷たい雨がおいらの全身を濡らす。 11月。秋も終わり、冬へと季節のバトンを渡す月。 その日、闇夜に乗じておいらは深夜の散歩へと繰り出した。 最近このあたりでも物騒な事件が頻発し、心配したご主人が夜の間おいらの鎖を外して庭の中を自由に歩き回れるようにしてくれた。 おかげでこうやって門扉をそっと開け、夜明けまで自由な時間を楽しめるようになったのだ。 おいらは今年から嘱託警察犬の任務を解かれ、そろそろ年齢的に体力的なピークを過ぎようとしている。 小糠雨の中。おいらの足は自然と高台の中学校を目指していた。 沙世子とのあのドキドキした毎日からもう二年半が過ぎようとしている。 いつもの学校。いつもの校舎。しかし、中身の生徒や先生は大分様変わりした。玲や、その友達連中はてんでバラバラになりながらも元気に高校生活を送っているようだ。 沙世子も時々ゆりえさんの家に来たついでに遊んでくれる。 いけ好かない感じだった加藤彰彦が、今年はナント独唱コンクールで1等賞を取ってしまった。などという笑えない冗談をいう高校生が前を通り過ぎたのはつい先日のことだった。
ただ一つ。二年前と違うのは北校舎跡の空き地。 植木と金網の隙間から学校の敷地に入ると、その空き地を目指す。
二年前の今頃。
おいら達の想いが一つの場所に集まった場所。古い北校舎跡。 焼け跡は既に整地され、一部で新校舎建設が始まっている。そしてそこに通うのはまったくあの時の事を知らない中学生達。 なんとなく、本当に何気なしにその夜のおいらはもう一度その場所を見てみたいと思った。
北校舎跡に近づくに連れて、沙世子との想い出がひとつひとつおいらの胸の中にとくとくと音をたてて湧き上がってきた。 再び経験することのない日々。想いの抜け殻。想いが昇化した後の名残。
綺麗に整地され、当時の名残が何も残ってないことにちょっとショックを受けながらその場所を黙って眺めていると、ふと沙世子の匂いがしたような気がして鼻を風上に向ける。
沙世子と初めて散歩したときに赤い服の少女と遭遇した友情の碑を見てみようと思い立ち、校庭に回ってみる。
上部が砕かれ、傾いた碑。ただの石の固まりと化した想い出の跡。想いの抜け殻。
喪失感がおいらの周りで漂っている。
二年前の文化祭の時に経験したどうしようもない無力感。時の流れはゆっくりと確実においらと沙世子の間を浸食し、それぞれ別の場所に連れ去ろうとしている。
雨はいつしか止み、冴えた月の光がおいらを刺し通した。
その時、碑から2,3m離れた金網の近くで、キラッと何かが光を発した。近づいて鼻を寄せる。掘り起こしてみると真鍮製の時代がかった鍵。沙世子が持っていた鍵とそっくりだ。
突然、叫び声が聞こえた。
「物語はまだ終わっていない!」
沙世子?!
振り返ると碑の跡から光がオーロラのように地上から空に向かってそびえ立ち、そこから沙世子の匂いと声がおいらに向かって津波のように押し寄せてきた。 全身の毛が逆立ち、野生の血が体中を駆けめぐる。
呼んでいる。沙世子がおいらを・・・
瞬時に身を翻すとおいらは光の壁に向かって飛び込んでいった。 |