11.ツユクサ
沙世子はあれから四日間、家を出なかった。 じっと傷を癒している。 そんな雰囲気が漂う。 おいらに出来ることは、夕方遠吠えであいさつすることくらい。
五日目の朝。彼女が突然訪ねてきた。
「あ〜る。お願い!ついて来て!私だけじゃ勇気がないの・・」
病院。
おいらはこの匂いが大嫌いだ。 鼻の奥が刺激されてムズムズしてくる。 沙世子は黒い眼鏡をかけと白い杖(ゆりえさんが持ってたらしい)をついて病院内に入る。手にはツユクサの小さなかわいらしい花束。 勝手知った様子で、受付を通り病室に向かう。
「あら!」
病室に滑り込むとどこかのおばさん。 さすがにおいらを見てびっくりした声を上げる。
「すいません。こんな朝早くお邪魔しちゃって。面会できるようになったって昨日潮田さんの弟さんから聞いて、どうしても彰彦君とお話ししなくてはと思って・・・」 「あ、この犬あ〜るって言うんです。私の友達。警察犬なんです。どうしても側にいて欲しくて。でも、病院だから・・・盲導犬なら大丈夫だと思って変装して連れて来ちゃいました。ちょっとの間だけ側にいてもらっていいですか?」
おばさん。とたんに嬉しそうになる。 「まあ、そうなの?いいわよ。個室だから。もうそろそろ大部屋に移るんだけどね。自宅療養になったらまた犬連れて遊びに来てやってね。今、検査で他の部屋に行ってるけど、すぐ戻ると思うから・・ゆっくりして行ってね。」 「あ、それと・・これ。朝早くて花屋さん開いてなくて・・。庭に咲いてたんですけど。」 「まぁ、かわいらしいわね。いつもの花束も綺麗だけどこんな小さな花もかわいくて。あ、これツユクサね。季節だものね。じゃあ、ちっちゃな花瓶に生けましょうね。それと、この間は大変だったわねぇ。聞いたわよ。公園の話。いつも噂してたのよ。あの公園は治安が悪いって・・・・」
おいら、おばさんの噂話の早さにたじろぎながら部屋に満ちた匂いを嗅いだ。 この部屋の主人は少々ひねくれ者であるらしい。 なんか思い通りにならずにいる自分にイライラしてる。 っと分析して、思い当たった (沙世子も、もしかして同じ気持ち・・?)
扉が開き、部屋の主が入ってきた。 やせ細って顔色が悪いが、体より精神的な面での傷の方が深そうだ。 おいらを見てビクッと体を強ばらせる。 「どっどうしたんだよ?!この犬。」 「ごめんなさい。私の友達なの。ちょっとだけ一緒に居させて。あ〜る。Sit(お座り)」 「じゃ、私はちっちゃな花瓶探してくるわね。」 おばさん席を外す。 彰彦、黙り込むとベッドに座る。 沙世子、ぎゅっとおいらの首筋握りながら話を切り出す。 「この間からの事。本当にごめんなさい。私、あなたが喘息持ってたなんて知らなくて。つい調子に乗って脅しつけちゃって・・・」 彰彦拗ねたようにそっぽを向く。 「私、小夜子やめるから。」 「えっ」驚いた顔で沙世子を見つめる。 「私、この街に来て、いえ、その前からずっと人に迷惑ばかり掛けてきたから。慣れているの。我慢するの。またやっちゃったの。この間。潮田さんちの弟さんを危険な目に遭わせちゃって。」 「でも、それはお前とは関係ないことじゃないか。」 以外としっかりした声が彰彦の口からこぼれる。 「私のせい。私がこの街に来なかったら起こらなかった。」 「だから、それは・・・」 「ごめんなさい。本当に。今日言いたかったのはそれだけ。それとお願いだから、潮田さんが小夜子だなんて言いふらさないで。耕君、潮田さんの弟さんが昨日訪ねてきて、今、すごく潮田さん落ち込んでるって。なぜかは知らないけど、お願い。あ〜る。Stand(立て)」 おいらを立たせると病室を出ようとする沙世子。
「津村・・待てよ。お前、小夜子やりたいのか、やりたくないのか、どっちなんだ?」
はっとする沙世子。びくっとおいらの背に手をやる。 「・・・・」 「僕を理由にするな!」
突然、彰彦強い言葉で沙世子に言う。 「僕は自分が弱いから、こうなったんだ。小夜子が怖くてこうなったんじゃない。自分の力で人を病気に出来るとでも思ってるのか?そんな力お前にあるのか?あったとしても僕は負けない。絶対に負けない。必ず、時間が掛かってもあの教室に帰って来てみせる。そして、対決してやる。お前に!」
「判ったわ。ありがとう。加藤君。また来る」
沙世子はそう呟くと病室を後にした。 後ろから彰彦の咳込む音がした。 おばさんが花瓶にツユクサを活けて持って来ていた。 「あら、もう帰るの?」 と残念そうに尋ねる。 「ごめんなさい。やっぱりまだ加減が悪そうなので失礼します。」 「一学期一杯は入院でしょうけど、二学期からは完治は無理でも、学校生活に支障がないくらいになるってお医者さんも言ってくださってますから、そしたらまた仲良くして下さいね。あの子、神経質でプライド高い所があって・・・むしろ心の問題の方が大変でね。扱いにくいでしょうけど・・よろしくね」 「いえ、こちらこそ。落ち着いたら彰彦君に伝えて下さい。『ありがとう、決心つきました』って」
曇り空の下。 おいらは病院の匂いから解放されてほっとしつつ、沙世子の決心が伝わってくるのを感じた。
「潮田さん。私、やってみるよ。二人の小夜子。」 |
この作品はTV版『六番目の小夜子』から発想を得た二次創作作品です。
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