13.カントリーロード

 

「帰ろっかなぁ」

沙世子がぽつんと呟く。

「どこに?」

 

いつもの公園。

早朝の散歩の時間。

すっかり日常と化した朝の運動のひととき。

玲は沙世子とのこの日課を大切にしているようで、毎日同じ時間に会っていた。

 

「田舎。母の・・。お盆くらい帰ろうかな?って思って」

「ご両親って、今どこに住んでるの?外国とか?」

「う〜ん。ま、そういう事にしとこう。」

沙世子。

その話題に触れられたくないのか話をはぐらかす。

「うちはおばあちゃんがこっちでしょ。母方の祖父母が熊本の田舎に住んでてさ。ほとんど毎年帰ってるんだ。」

「いいなぁ。うらやましいよぉ。津村さんとこは田舎があって。ウチなんか両親とも東京出身だから、小学生の時なんか帰省するって超うらやましかったなぁ」

「小夜子の台本もそろそろ形になってきたし、このあたりで一緒に息抜きがてらどこか行きたいね。」

「いいねぇ。あ〜るも一緒だと良いけど。無理かな?」

 

ところが・・・・

 

「いいっ?!向こうのお家の方にちゃんと挨拶するのよ。朝寝坊すんじゃないわよ。チケット持った?勉強もちゃんとするのよ。向こうに着いたら電話すんのよ・・・・」

「もぉ、うるさいなぁ。大丈夫だよぉ、津村さんもいるしぃ」

 

玲と玲の母の掛け合い漫才のようなやりとりを、おいらと沙世子はニヤニヤしながら眺めてる。

空港。午前8時30分。

なぜにおいら達がここにいるかというと・・・

実は毎年恒例の全国警察犬競技会が何とも都合よく熊本で行われることになり、県代表の1頭として、おいら出場の栄冠に輝いたというわけ。

その裏には先日の覚醒剤密売ルート摘発においら達の活躍が役立ったご褒美の意味が強いのだけれど・・・。

それをご主人から聞き込んだゆりえさん。

指導員の享卦さんらと話をつけ、沙世子とおいらを一緒に熊本へ送り込む?事に成功。

またまたそれを沙世子から聞き込んだ玲。

強引に一緒に熊本へ行くことを両親に説得することにこれまた成功。

 

トントン拍子に話が進み、お盆前のこの時期に2人と1匹の珍道中が始まろうとしていた。

 

離陸。午前9時35分。定刻より20分遅れ。

お盆前、エアラインの一番忙しいこの時期に、なぜこんなに遅れてしまったのかというと・・・。

 

「なんで、おまえらまでここにいるんだよ!!」

機内の檻の中にて。おいら呆れて叫んでいる。

「呼ばれた・・」

ataruがぼそっとつぶやく。

「まあまあ、旅は道連れちゅう言葉もありますし・・・」

龍が適当にとりなす。

そりゃ、大型犬3頭空輸するとなれば檻も足りなくて航空会社も右往左往するわ。

考えてみれば当然この三頭の手柄なんだから呼ばれないのがおかしいんだけど・・・。

 

午前11時10分。飛ばしに飛ばし、なんとか遅れを5分にまで短縮して満員の乗客(プラス犬3頭)を乗せたボーイング777はやっと熊本空港到着。

 

おいら達は一番最後に機内から出され窓口に案内された(檻に入れられたまま)。

そこで受取の享卦さんらと合流。

機外に出たとたん濃密でねっとりした空気の奔流がおいらの体中を包み込む。

ここが熊本かぁ。

 

「大丈夫だったかぁ?3頭とも?」

享卦さんのチェックを受けたところでおいらだけ仲間と別れ、沙世子の実家で1泊。翌日の競技会に備えるのだ。

 

「あ〜る。大丈夫だった?」

沙世子と玲。ちょっと心配そう。

 

「うん、大丈夫そうだな。じゃあ、津村さん。よろしくお願いしますよ。明日は朝から大変でしょうけど連れてきて下さいね。まあ、一緒に出場する犬がいるから大丈夫だろうけど。」

檻から出されて沙世子に手綱を渡すとき、享卦さん変なことをいう。

「はい、わかりました。享卦さん。あ〜る。お疲れさま。紹介するわ。私の叔父さんの緒方聖さんよ」

「おまえがあ〜るかぁ、よろしく」

年の頃は30代後半。日に焼けた、土の匂いがする笑顔の優しい男の人が立っていた。

この人他の犬の匂いがする。

「ウチからも競技会に出場する犬がいるんだよ。ユキカゼというんだが・・・」

「とりあえず、いったん我が家に戻ろう。じゃあ、享卦さん。あ〜るをお預かりいたします。それとかわいい美女二人も。」

 

おいら達は聖さんのレガシィランカスター6ワゴンに乗り込む。

ちゃんとドッグネットが張ってあった。

おいらは荷室に、玲と沙世子は後部座席に収まる。

 

「沙世子ちゃん。ユキカゼに会ったことは?」

「子犬の時にちょっとだけ。」

「そうか、この時期だけだもんな。沙世子ちゃん来るの。おふくろがうるさくてさ。まだこんのか?って。」

「おばあちゃんもおじいちゃんも元気?」

「ぴんしゃんしとるよ。親父はよく手伝ってくれとる。ばってん、たまに神経痛の痛かごたるけど。パチンコ行って憂さ晴らししとるよ」

「あ、玲ちゃんだったっけ?沙世子がいつもお世話になってます。こん娘はちっと変わっとりますけんたいへんでっしゅう?」

「は、はぃ?」

玲、借りてきた猫状態でキョトンとしてる。

「はっはっは。熊本弁は少し難しいかな?僕も若い頃は東京にいたから標準語喋ってたけど、田舎に引っ込むと土地の言葉に慣れちゃって。沙世子は変わりもんですけど、本当は寂しがり屋の優しい娘なんですよ。仲良くしてやって下さいね。」

「わ、えっと、そんなことないです!私こそ津村さんにこうやってひっついて来ちゃって、お邪魔しちゃって、すいません。」

「はっはっは。いいえ、いいですよ。かえってこちらはおもしろくて。ほら、大津の町が見えますよ。」

「わぁ!」

熊本空港は阿蘇外輪山の外れにある。

その為山の中腹から降りていく道すがら熊本平野の一部がパノラマ化して望めるのだ。

緑の絨毯を敷き詰めたようなその景色に、玲、初めてなので驚いている。

「こんなもん、明日の阿蘇の景色に比べればおもちゃですけどね。」

「叔父さんも出場するの?」

と沙世子。

「いや、明日は叔母さんが一日相手たい。叔父さんは明日朝一大阪で今年の米の出荷量調整の件で業者と打ち合わせの入っとる。日帰りだけん夜には戻る。今後は打ち合わせとかはADSL引いてテレビ会議化しようしとっとばってん、NTTが動きよらん。まあ、あと1年は無理やろうね。」

「すご・・」

なんか玲おとなしいゾ。

車は田園地帯の農道を滑るように走る。

6気筒水平対向エンジンの心地よい音と振動に耳を傾けながら、おいらはいつの間にか眠ってしまった。

 

目が覚めると、車は既に止まっていて聖さんが荷物を下ろしていた。

「疲れたろ。あ〜る。ちょっと待っとけ。今玄関を片づけるけん。」

玲と沙世子は既に家の中に入った様子。

広い土間付き玄関に入ると冷房が効いていてすっとする。

「あらぁ、初めましてあ〜る。」

少女らしさがまだ残る声が突然降ってきた。

「よろしく。七瀬だよ〜」

野性味ある、色の黒い女の人が土間の方にやって来た。

顎のあたりに沙世子と似た雰囲気がある。

声の調子からすると明るいおおらかな性格のようだ。

「叔母さん、お邪魔してます。」

沙世子の声も今日は一段と明るい。

「いらっしゃい、演劇美少女!」

「あ、彼女が」

「潮田玲です。いつも津村さんにはお世話になってます。すいませんくっついて来ちゃいました。あの、これ。」

空港で買ってきた「空飛ぶでかドラ」を差し出す。

「わ、ありがとう。私コレ大好きなの。いつも亭主が出張する時、リクエストすんのよ。」

にこにこ笑いながら玲から包みを受け取る。

「明日の競技会、阿蘇の俵山でやるって?丁度いいわ。叔母ちゃんがとっておきの阿蘇の観光コース案内してあげる。」

台所に入りながら、七瀬さん張り切ってる。

「今、忙しくない?仕事。」

と沙世子。

「なんね。大人びた口きいて。あんたのおしめ代えたのはだれて思いよっと?平日自由に休みが取れるとが農家の唯一の役得たい。まかせとかんね。」

沙世子顔真っ赤。

「玲ちゃんだっけ?変わりモンでしょ?こんコ。向こうで皆さんを煙に巻いてないか親戚一同の話題に上ってるんですよ。」

「は、はぁ。い、いぇそんなことないです。津村さんて、何でも良く出来て、すっごい私憧れてます。」

「あんた、まだそんなことやってんの〜。今時どこのドラマ回してもそんな転校生演じてるコおらんよ。いい加減目をお覚まし。頭のいいのは判ったけんが・・・」

さ、沙世子が落ち込んでいる〜。

「お、叔母ちゃん。友達の前でそゆこと言うのやめてくれる?誤解するでしょうが・・・」

「ふふん。叔母ちゃんに盾突こうなんざ、5年は早いね」

「すご・・・」

玲あっけに取られて口開けたまんま。

「さ、そろそろお昼だからおじいちゃんと叔父ちゃんに声かけてきて、おっと、その前にお部屋案内しようかね。こっちカモン!」

なんともノリのいい叔母さんだ。

「おばあちゃんは町の図書館に行ってるから後から紹介するよ。ちゃんと仏さんに挨拶すんだよ。せっかく帰ってきたのに手も合わさんとバチが当たるよ!」

 

「びっくりした?七瀬叔母さんのこと。」

「ううん。なんか私とお母さんの会話なんかよりおもしろかった。」

 

庭で採れた薬味のたっぷり入った南関素麺の昼食後、玲と沙世子は母屋の一室にいる。

図書室。

といっていいほどの広さがある部屋。

そこにびっしりと本が積んである。

戯曲、劇の台本集、美術書、百科事典、歴史書、小説、文庫本、少女漫画まで。

「この部屋で一日本読んでるとなんか落ち着くの。この部屋だけ他の世界に繋がってるみたいで、どこに行っても面白くて。」

「でも、凄いね。この本の量。ウチなんか部屋中一杯になっちゃう。」

玲が「エースをねらえ!」や「ベルサイユのバラ」が全巻揃った本棚に目を丸くしながら呟く。

「おじいちゃんもおばあちゃんも元教師なの。両方とも専攻は国語。だから本代にはそれこそ幾ら掛けてもよかったみたい。最近は両親からも読み終わった後の本を送ってくるからそのうちこの部屋、本で一杯になるかもね。」

 

おいらは食事の後、水浴びして早くも昼寝の体制。夕方までゆっくり寝よう。

 

「ただいま〜」

ガラリと玄関が開き、色白で背の高い沙世子より目の細い女の人が入ってきた。この人も面立ちが何となく沙世子を思い出させる。

「あら、ユキカゼ具合でも悪いの?」

「こんにちは!真紀さん」

沙世子がこれまた明るく挨拶する。

「あら、来てたの?はは〜ん。するとこちらがあ〜る君かな?よろしくね。沙世子の叔母の真紀よ。」

「あ、こっちは潮田さん。友達。」

「ほー、珍しい。あんたが人間のお友達連れてくるの初めてじゃない?」

叔母さん、動物をみるような目つきで玲をまじまじと見つめる。

 

「真紀、来たとなら悪かばってん図書館まで母さん迎えに行ってくれる?」

「了解、七瀬姉さん。玲ちゃん、沙世子、一緒に行こ」

 

ペールローズメタリックのヴィッツが庭に止まっている。

ドアが閉まる瞬間においらが後部座席に滑り込んだんで一騒ぎ。

だっておいらだけ置いてきぼりはやだもんね・・・。

 

10分ほど走ると町の中心街に出る。

といっても商店が5,6軒と町役場、小中学校、コミュニティセンターがこじんまりと立っているだけだ。

 

コミュニティセンターの駐車場に車を入れると、玄関の階段からから小柄な老婦人が下りてきた。

「真紀来とったと?」

「今着いたとこ。姉ちゃんが人使い荒く迎えに行けって・・・」

「あら、沙世子ちゃん。来たね。あ、電話のあったよ。津村のお祖母さんと潮田さんのお母さんから。」

「こんにちは。潮田です。お世話になります。」

「いえいえ、こちらこそいつも沙世子がお世話になってます。祖母の玲です。」

「えっ同じ名前?!」

「そうなのよ。初めて聞いたときびっくりしちゃった。」

お祖母さん、以外とお茶目。

くりくりとした目は沙世子とはあまり似ていないが、全体の雰囲気がちょっと似てる。

 

ぎゅうぎゅう詰めで帰る道すがら川沿いにお城の天守閣が見える。

「あ、お城だぁ!」

玲がはしゃぐ。

「中は温泉センターになってるの。10種類くらいお風呂があるから後からひとっ風呂浴びに行こうか?」

「賛成!」

二人ともはしゃぎまくり・・・。

 

「さて、沙世子と真紀も帰ってきたし、玲ちゃんも来たし、今夜はごちそうにしますか。」

庭でバーベキューの用意をしながら七瀬さん。

おいらは、おいしそうな匂いに誘われて庭に出てみた。

運動場みたいにだだっ広い。

裏は畑になっていて、トウモロコシだのトマトやナスが繁っている。

さらに細い町道を隔てて裏山に登る石段の横には果樹園があり、ブドウや桃の樹々が葉をいっぱいに伸ばしている。

鶏と豚の叫び声。

そして煩いほどの虫と蛙の鳴き声。

夕方になったとたんにそれらが押し寄せてきた。

 

仲間の匂いがする。

車庫兼倉庫の隣の檻に一頭のシェパードがいた。

「あんたがユキカゼ?」

おいらの問いに答えず、そいつは空を見つめながら

「明日も暑いな・・」

と呟いた。

「あ〜るさんですね。明日の競技会。負けませんよ。」

不敵に微笑みながら呟く。

日本刀のような切れ味利いた微笑み。

こいつ、出来る・・。

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この作品はTV版『六番目の小夜子』から発想を得た二次創作作品です。
著作権はこれら作品の作者にあります。無断転載・複製・再配布などは行わないでください。

 

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