14.夏の日

 

翌日、午前7:30

 

車の中ではCDでモーツァルトの「魔笛」の中のアリアが響き渡る。

美しいメゾソプラノで七瀬さん、合わせて歌ってみせる。

「すっごぉい、きれいな声。」

玲、驚きと羨望の混じった声で呟く。

「朝早いから、こんなもんかな。」

七瀬さん運転しながらテレ笑い。

 

農家の朝は早い。

鶏の時を告げる声に起こされて朝食を済ませ、玲おばあちゃんとおじいちゃんに見送られて(真紀さんは未だ夢の中)家を出る。

大阪出張の聖さんを空港で下ろし、朝日が昇る頃俵山を超え、その美しさに感嘆しながら阿蘇ファームランドを目指す。

 

阿蘇ファームランド。

南阿蘇国立公園内にある100万平米の敷地と、数々の施設も持つ総合レジャー施設。

その中のみどりのイベント広場(1万8千平米)で全国の嘱託警察犬300頭余りが集まっての大競技会が開かれるのだ。

広大な駐車場に車を止め、おいらとユキカゼを車外に下ろす七瀬さん。

「さぁ、がんばってよ。お二人さん!」

ユキカゼ、車の中でも一言も口をきかず集中力を高めている様子。

おいらは常々あんまり緊張するとドジ踏むタイプだからリラックスムードで玲と沙世子の間を行ったり来たり。

出場受付を済ませていると、もはや嗅ぎなれた2頭の匂いが・・・

「おっはー!」

「あのなぁ〜・・・・」

ataruの軽口に乗り遅れたおいら。

「いやぁ、熊本は水がうまい。おまけに昨日は馬肉まで食わせてもろたから今日は負けまへんで。あ〜るはん」

龍さんも絶好調の様子。

 

訓練士の享卦さんにおいら達は預けられ、ユキカゼは地元の訓練士の方に同じくバトンタッチ。

 

訓練種目は大きく分けて4つ「足跡追及」「臭気選別」「警戒」「地域捜索」。一応おいら達は全種目エントリーしたが、各種目エキスパートとして種目別のみエントリーする犬もいる。

開会式が終わり、各種目が始まると緊張が高まるおいら達とは別にギャラリーは手持ちぶさた。

でもなさそう・・・

「ねぇねぇ、ここも温泉があるぅ。あ、ケーキや、お菓子の製造直販とかも、え、これ自分で作れるの?すごぉい。」

玲、またはしゃぎ虫。

「ふむふむ、あ、ここの地ビールっておいしいんだよね。ちょっと一杯ソーセージ肴に・・・・」

な、七瀬さん。運転は・・・?

「飲んだ後、温泉入ってマッサージ受けりゃ抜けるわぁ」

豪快な・・・

「ふーん、和紙工芸品かぁ、こっちはオルゴール館ね。トールペインティングも出来るんだぁ。」

え、さ、沙世子まで。。。

 

おいら達の戦いは孤独に進められていく・・・・・

 

午前の部が終わり昼休みタイム。

 

「ほらぁ拗ねないの。あ〜る」

そりゃね。

いつもついててくれなんて言わないですよ。

でもね、やっぱおいらは競技会に来てるんであってさぁ・・ぶつぶつ。

「ふーん、ユキカゼ。いいとこに付けてるんだ。10位以内に食い込んでるもんね。」

七瀬さん。

まだ顔赤いよ。

沙世子ちょっとすまなそうに

「あ〜るは総合20位か。ちょっと出遅れ気味かな。でも、これから逆転も可能だからがんばろうね。」

やっとおいらの機嫌も直り、ataruや龍の飼い主。

その他の出場犬のトレーナーや訓練士の人達も次々に会場に設けられた露店の中に入り和気あいあい、犬好き同士の出場者の触れ合いが続く。

「津村さん、潮田さん、ちょっと・・」

享卦さんに呼ばれる二人。

「突然だけど、午後からの訓練実演コーナーで出場者足らなくて困っているんだ。もしよかったら参加してみない?」

「え、でも、津村さんはともかく私なんか今まで犬の訓練なんかしたことないですよ・・・」

「いやいや、言い方が悪かったかな?つまり、会場からの飛び入り参加という形でなんだよ。訓練も、投げたものを取ってくるとか、簡単なものだから前もって少し練習すれば大丈夫。」

「どうする?津村さん。」

「出ます。私。」

「じゃあ、私も。」

「ありがとう!助かります。」

 

ということで、二人が命令を練習している間おいら達の競技は次々に消化される。

集計を待つ間に玲と沙世子他何人かのにわか訓練士の競技があるのだ。

沙世子にはおいらが、玲には龍さんがつくことになった。

龍さん、結構玲のこと気に入ったみたい。

「思い切りが良いわ、玲ちゃん。こっちも思い切り動けて楽やし、あの子はいい訓練士になるんちゃう?」

競技が終わり、いよいよ舞台の上で訓練実演コーナーが始まった。

おいら達は壇上に登らされて飼い主の命令で立ったり座ったり、ものを取ってきたりするんだが、基礎訓練とはいえ結構出来ない奴らが居たりする。

飼い主と犬との呼吸が合わないと難しいもんだ。

おいらと沙世子のペアは以前から基礎訓練していたから、どうということなく終了。

玲ちゃん思い切りは良いんだが、龍さんを動かすのに必死という感じ。

龍さん汗だくで玲ちゃんの指示に従う。

「思い切りはええけど、今度自分で動いてみてぇや玲ちゃん!」

龍さん泣き言。

 

さて、残念ながらおいら達は総合ではよい成績残せず。

地元犬のユキカゼはがんばったものの総合10位。

おいらが12位。

ataruが「警戒」種目で6位、龍が「臭気選別」で5位に入った。

「今日はご苦労さんだったね。2頭とも」

七瀬さんのねぎらいの言葉もなんか空々しく聞こえる。

 

「ユキカゼ、残念だったな」

「別に・・」

 

龍さんやataruと別れた後、おいら達は阿蘇ファームランド近くのオレンジロード(森高千里の実家がやってる紅茶が評判の喫茶店)に寄り、外輪山を越えて帰路に就いた。

帰りの車中でユキカゼに声をかける。

がつれない返事。

「おまえ、おいらに恨みでもあるのか?」

「別に・・あなたに恨みとか気に入らないことがあるわけじゃない。あなたは都会の犬。私は田舎の犬。それだけのことです。」

「なんだぁ?そりゃ」

「もうすぐ判りますよ。田舎で暮らすのは都会で暮らすほど楽じゃないってことが・・」

「変なこと言うな。人間と違って犬は犬だろ。都会の暮らしだの田舎の暮らしだの、若いくせにそんなこと気にしてるのか?」

それっきりユキカゼは黙り込む。おいらも何となく不機嫌になる。

 

「玲ちゃん、さっきから黙ってどうしたの?気分でも悪いの?」

七瀬さんビールも抜けて快調なハンドルさばき。九十九折りのワイディングロードを右に左に抜けていく。

「ん、あぁなんでもありません。ただ、今日の競技会の龍にまた会いたいなぁ。なんちゃって。」

「あ〜ると同じ訓練所だから頼んでみましょうか?」

沙世子、おいらの機嫌取りながら口を出す。

「さては、惚れちゃったかな?龍に?」

「そう!なぁんか今日初めて訓練とか競技会とか見て、犬って凄いなぁって思った。人間の友達以上に解り合える気がしてきた。将来あんな仕事やってみたいなぁ。」

「私も。小学生の時初めて訓練会に行って思った。犬と人間て解り合えるんだって。」

「津村さん、色んな事経験してるんだぁ。」

「沙世子の場合、人間より先に動物と解り合えるようになっちゃったもんね。」

「叔母さん、それ言い過ぎ!」

「おぉ、悪かった悪かった。でも、うちで飼ってた動物達はみんなおまえのこと好きだったよね。なんでかね?ユキカゼはまだほとんど付き合ってないから別だけどさ。覚えてる?前飼ってた空神(エアジン)って犬。秋田犬の。あれもおまえのこと好きで来るとアルフォンスとおまえの取り合いになって困ったもんよ。」

 

車は外輪山を登り、菊池阿蘇スカイラインに進む。

九十九折りの道を登り切ったところに展望所がある。

そこでおいらとユキカゼにトイレ休憩。

ちょっとの間鎖をはなしてもらい、一面の草原を思いっきり走り回って今日のストレスを吹き飛ばす。

コオロギやクサキリが鳴き、まだ青いがススキが広がる。

この辺りでは季節はもう秋の気配が忍び寄っている。

玲と沙世子は二人で阿蘇のカルデラのパノラマの雄大さに息をのむ。

「昔はここが全部山だったなんて信じられない。」

「人ってちっぽけよねぇ」

 

玲と沙世子のシルエット越しに夏の夕暮れの太陽がおいらの目を刺した。

そいつは痛いほどおいらの心に焼き付いた。

 

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この作品はTV版『六番目の小夜子』から発想を得た二次創作作品です。
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