17.恐怖の文化祭(前編)
2000年9月30日 その朝。 おいらは首筋の毛の逆立ちで目覚めた。 こんなこと、生まれて初めてだ。 不安な気持ちの中でご主人と朝の運動を終えて家に帰ると、ゆりえさんが家の門を開けて外出するところだった。 「あら、お出かけですか?」 ご主人が声をかける。 「ええ、ちょっと中学まで。沙世子が忘れ物したみたいなんで。届けに。」 その時おいらの首筋の毛が一段と逆立った。 突き動かされるように吠える。 「これ、あ〜る。どうしたの?お前がこんなに吠えるなんて。」 戸惑うご主人を無視して、おいらはゆりえさんを追いかける。 「あら、一緒に行きたいの?」 無邪気に微笑むゆりえさん。 「いいかしら?あ〜るも一緒に連れていって?」 「いいけど、今日のあ〜る少しおかしいから注意してね。」 ご主人、渋々引き綱を渡す。 「いい子にしなきゃ駄目よ。」 ゆりえさんを引きずるようにして中学の正門をくぐると、おいらは一目散に体育館に向かおうとする。
何かが、いつもと違う・・・。
「おまえはだめよ。入ってきちゃ。」 ゆりえさんはおいらの引き綱を校門の鉄柵に結びつけると 「そこでおとなしくしててね。今日は在校生だけでお芝居があるの。沙世子も出ると言うからちょっぴりのぞいてくるからね。」 だめだ!行っちゃ!おいらの本能が叫ぶ。 けれど、いくらおいらが吠えてもゆりえさんには理解できないらしく、いそいそと玄関から校内に入っていく。 ふと校舎の方を見ると、下駄箱のところで玲の匂いのする男子生徒が二人言い争っているのが見える。
その時、おいら気付いた。 学校の周りで、なにかがゆっくりと、だが確実に集まって来る。 何なんだろう?目に見えず、耳に聞こえず、鼻にも臭わないが、おいらには判る。 ひとにあらざるもの。 それらが、なにかに導かれるようにして一点にこの学校向けて集まって来る・・・ 油の中に落とした色の付いたペンキのようにねっとりと、渦を巻くように・・この学校めがけて。 おぞましく、禍々しさに満ちた空気が辺りを包もうとしている。 しかし、誰もその空気を感じ取ろうとしない。
そんな! こんなことが起こるなんて! おいらは混乱した。 なんでおいらと同じような能力を持つ沙世子が気付かないんだ? 大変だ!沙世子達に知らせないと・・・
その時校庭の片隅の碑の所で沙世子が話している声が聞こえた。 沙世子! おいらを放してくれ!! 声を限りに叫ぶが、沙世子は誰かと連れだって体育館の中に消えていった。
そんな・・・誰かおいらを放してくれ!
ゆっくりと学校の周りで渦を巻いていた「それ」は目に見えないが、大きな龍の形を取ると、蛇がとぐろを巻くように体育館をぐるりと取り囲んでゆく。 そして、見る見るうちに巨大化し、まるで獲物を捕らえ、これから食い尽くさんばかりに建物を巻き締め付け始めたのだ! あの中に沙世子が!玲が!ゆりえさんが! なんてことだ!力の限り綱をほどこうとするが、がっちり食い込んだ結び目はビクともしない・・・
そのうち、そいつはおいらの周りにも漂い始めた。 なにをするつもりだ! 凄んで吠えてみるが、そいつは一向意に介さず、逆においらの体にとりついてくる。 生き物のものではない、その異様な感触に触れた瞬間。 おいらは総毛立ち、生まれて初めて「恐怖」を感じた。 尻尾を股の間に挟み込み、口から出てくるのはうなり声ではなく喧嘩に負けたときの泣き叫びだ。 体全体が震えている。 なにがそんなにおいらを怯えさせるのか? そいつはおいらの心の中にズカズカ土足で踏み込んでこんな疑問を植え付けたのだ。 「沙世子はおまえの仲間じゃない。」 「沙世子は人間の友達の方が大事なんだ。」 「沙世子はおまえなんか友達と思っていない。」 「沙世子はおまえなんかじゃまに思っている。」 「沙世子は・・」 「沙世子は・・・」
「やめろぉぉ!!!!」
おいらは、口から泡を吹き狂ったように吠え続けた。 そうすることが正気をつなぎ止める唯一の方法であるかのように・・・。 |
この作品はTV版『六番目の小夜子』から発想を得た二次創作作品です。
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