18.恐怖の文化祭(後編)

 

「あ〜る!あ〜る!!どうしたの?こんなところで!?」

だれかが呼んでいるのが、遠くの方で聞こえる。

だが、死に物狂いで吠えているおいらの耳には入らない。

「クワイエット(黙れ!)!あ〜る!」

誰なのだろう?この声。

なにか忘れている気がするけど思い出せない・・・。

「あ〜る!あ〜る!私を忘れたの?」

突然、吠えてるおいらの目の前が真っ赤に染まる。

スカーフ!

赤いスカーフがおいらの前に広がったかと思うと口の中に突っ込まれる。

危うく咬み裂くところを踏みとどまったのはそこからの匂いのせいと、優しく撫でてくれる少女の手の感触だった。

 

沙世子。

 

「どうしたの?あ〜る。どうしちゃったの?」

優しくおいらの鼻面に沿って撫でてくれる沙世子の細い手。

おいらは母親に甘えるように沙世子に鼻をこすりつける。

今体験したことを沙世子に話したいのだが、言葉にならない。

咳が出て、口の周りが泡だらけ。

吠え続けたので喉がからからだ。

体がビクビク痙攣している

「大変!ちょっと待ってて。おばあちゃん連れてくるわ。保健室にいるから。」

ほどなくゆりえさんと沙世子急いで現れる。

「あ〜る、済まなかったね。こんなことになるなんて。」

ゆりえさん。

手首の包帯が痛々しい。

「お待たせ。さ、帰って病院行きましょ。あ〜る、おばあちゃん」

沙世子。

虚脱状態に陥ってるおいらを励ましながら引き綱を持ち、おばあちゃんを連れて急いで家に帰る。

もはや歩けないほど体力を消耗したおいらをご主人と沙世子が抱えるようにして、かかりつけの獣医さんにかつぎ込んだ時にはおいら意識がなかったらしい。点滴と強心剤でなんとか意識が戻ったとき。

まだ制服姿で、スカーフを付けていない沙世子の顔がやっとぼんやり見えてきた。

「あ〜る。よかったぁ。」

沙世子のほっとした表情を見て、安心して再び眠りの世界に誘い込まれていく。

夢うつつの状態で、獣医さんと沙世子の会話が耳に入ってくる。

「どうしてこんな事になったんでしょう?先生」

「考えられるのは熱射病だけど・・・。ほら、今年九州・沖縄サミットがあったでしょう?あそこで動員された警察犬で同じように熱射病で何頭か亡くなった事例があるんだよ。」

「でも、今日はそんなに暑くありませんでした。」

「熱射病はそんなに暑くなくても起こるよ。特にこの時期、日向では以外と気温が高いときがある。犬の場合体温調節がうまくいかないから、人間より急激に症状が出るときがあるから気をつけないと。」

 

その夜は一応入院し、翌日すっかり元気を取り戻したおいらはご主人の車で帰宅した。

 

「あら、今日は学校は?」

「はい、文化祭なのと、おばあちゃんをお医者さんに・・」

「そうか、昨日はあ〜るのことでバタバタしちゃってすっかり忘れちゃってたものね。ゆりえさん、大丈夫?」

「自業自得です。おばあちゃんたら・・。あ〜るは大丈夫ですか?」

「昼過ぎに帰ってきたところよ。もう元気だから散歩にでも連れ出して。」

早速沙世子がやって来てくれたようだ。

「大丈夫?あ〜る。」

心配そうに声を掛けてくれるその背後には、先日校庭で別れた時とは違った様子の加藤彰彦の姿があった。

「よ、よう・・元気になってるじゃない?」

緊張して声を掛ける彰彦。

こやつ、咬まれたいのか?

少しだけ寂しそうに、悪戯っぽく笑いながら沙世子。

「たまたま、二人とも居場所なくなっちゃってサボリ。おばあちゃんと友情の碑を掃除してたんで、夕方まで暇だから一緒に誘っちゃった。」

 

それから、しばらく沈黙が流れる。

それぞれがそれぞれの世界でじっと考え事をしている。

「さてと、こうしてても始まらない。どっか行こうか?あ〜る連れて。」

初めて建設的な意見を言った彰彦に従い、二人と一匹で海浜公園から浜辺の方に出てみることにした。

浜辺に行く間も、浜辺に着き潮風に吹かれる間も二人と一匹。

言葉を交わさない。

でも、不思議と息苦しい感じはせず、それぞれの想いが繋がって、一つの連帯感みたいなものが出来ていった。

河口からテトラポットが積まれたコンクリートで固められた浜辺。

砂浜もなく、海辺に下りていくこともできないが、それでもおいらの鼻には紛れもない潮風が特有の湿気を伴ってそよいでくる。

 

「津村、ありがとう。」

ぼそっと彰彦がつぶやく。

「なに?」

沙世子がゆっくりと振り向く。

「いや、なんとなく。僕がここまで来れたのは津村のおかげだと思ったから。それから・・今、津村消えてしまいそうだったから。あ、いや、僕何言ってるんだろう・・はは」

彰彦純情。

 

「小夜子ってなんなんだろう?」

沙世子。

遠くを見る目で自分自身に問いかける。

「少なくとも、昨日のようなものじゃなかったんだろう?津村と潮田にとっての小夜子は。」

彰彦もまたゆったりと問い返す。

「なかった。あんな脚本じゃなかったわ。私達の小夜子は。」

「それをみんなに言ってやり直す気持ちはあるかい?もう一度、あの芝居を。」

「いいえ。多分潮田さんも同じ気持ちだと思う。小夜子の芝居は昨日で終わりよ。私達二人の小夜子への想いは脚本と一緒に文化祭実行委員会のロッカーに置いてきたわ。そして・・これからは、みんなそれぞれが、それぞれの小夜子を捜さないと。」

「まずは、津村への疑いを晴らさなきゃ。」

「私は良いの。今までの私に戻るだけ。」

 

おいらは二人の会話を聞きながら、感じた。

あんな事言いながら沙世子はまた自分の殻に閉じこもるのがイヤなんだ。

だから、こっそり学校抜け出してこんな所で時間つぶしてる。

自分が我慢すればいい。って思ってる。

それじゃ、前の沙世子と同じだよ!

おいらは心の中で叫びながら二人を見つめていた。

 

「そろそろ戻ろうか?」

「先に帰ってて、あ〜るを送ってくから。」

「じゃあ。」

「加藤君。」

「ん?」

「ありがとう。今日は付き合ってくれて。」

彰彦。真っ赤になりながら、手を挙げ、学校への道を歩いていく。

 

沙世子。

人間の友達の方が大切でもいいよ。

でも、そんなに自分で苦労背負い込むなよ。

おいらの見上げる視線に気づいたのか、

「あ〜る。大丈夫よ。私は大丈夫。」

その時、再び彼女は心の殻の中に自分を閉じこめたようにおいらには感じられた。 

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この作品はTV版『六番目の小夜子』から発想を得た二次創作作品です。
著作権はこれら作品の作者にあります。無断転載・複製・再配布などは行わないでください。

 

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