19.それぞれの想い
事件から10日あまりが経ち、街は日々の喧噪の中で、ざわめきときらめきを急速に失いつつあった。 家の前を通る中学生達の会話で、小夜子騒ぎの張本人は黒川とかいう教師であること。 沙世子と玲が持っていた鍵はその黒川が送ったものであること。 など、まことしやかにささやかれていた。 そして沙世子は何となくおいらを避けるようになり、朝や夕方の散歩の時会ってもろくに口もきかない、何とも陰気な殻に閉じこもってしまった。 おいらはなんとか沙世子の気を引こうとして鼻をすりつけたり、尻尾を振ったり、挨拶の鳴き声を立てたりするのだが無視されてしまう。 今までだったら 「こんにちは、あ〜る。」 とか挨拶は必ず返してくれたものだが、ここ二、三日はそれすらない。 完璧に行き詰まってしまったおいらは直談判あるのみと、沙世子の家に忍び込もうとさえしてみたが、あえなくご主人に見つかり大目玉を食らう始末。
そんな週末。土曜日。
ゆりえさんから電話があり、夏休みに行った熊本の田舎から栗やら野菜やら沢山送ってきたので、もしよかったらおいらを連れて取りに来ませんか?とのこと。 おいらこの機会を逃してなるものかとご主人をつれて沙世子の家に駆けつけた。
ドアを開けたとたん、聞いたことのある声が 「あ〜る。久しぶりだね!」 七瀬さん!! 熊本に住む沙世子の叔母の七瀬さん。 なんでここに? 「販路拡大の為のセールス活動よ!きょうび農家も暇を見つけて独自の販路を開拓せんとね。丁度玲ちゃんのお母様が共同購入の窓口をされていらっしゃるからそのツテを頼ってね。マンション単位での注文だったらウチにとっては大口のお客さんだから直接出向くのが礼儀ってもんでしょう?」 なるほど。 「ま、そういうわけで、ホテル代浮かす為におみやげ持ってやって来たというわけ。あ〜る元気かな?って思ってね。ゆりえさんからご主人に頼んで連れてきてもらったのさ。」 にまっと笑う七瀬さん。 「あら、あ〜るまでついて来ちゃったの?」 部屋から降りてくるなりグサッとくる沙世子の一言。 「こら、演劇少女!なに黄昏てんだよ。今夜はじっくり聞いてやるから覚悟しな。」 「こわー」 と沙世子久々におどける。 なんか七瀬さんが来ただけで雰囲気が一気に明るくなる。 ひとしきり話が済むとご主人席を立って帰ろうとする。 おいら帰りたくない! 頑として帰りたがらないおいら。 幾ら引っ張られても、命令されても、おいら今夜はここにいる!
「よかったら、今夜あ〜る泊めましょうか?この分だとテコでも動きそうにないみたい。」 ゆりえさん、半ばあきれながらご主人と相談。 「ご迷惑じゃない?七瀬さん来られてるのに。」 「私はあ〜ると積もる話もしたいですけど。」 と七瀬さん助け船。 「どうせ明日は休みですから。あ〜るさえよければ。ね。」 「バウ!」 おいらこれ以上ない立派な返事をさせていただく。 「でしたら、明日迎えに来ます。本当に最近どうしちゃったのかしら?」
首を傾げながら家を出るご主人。 おいら気が咎めたが、ワガママ言わせて貰う。 今夜は沙世子と七瀬さんと一緒にいたい。 たとえ風呂に入らなきゃいけないとしても・・・
「あ〜いいお湯だったぁ。」 二人で、いや、一人と一匹で再び月を見つめるおいら達の間に缶ビールを持って割り込む七瀬さん。 おいらは沙世子と一緒に先にシャワーを浴びて(今夜はこの前みたいに騒がずにじっと我慢して綺麗にされてた)二階の沙世子の部屋に。 おいらの前には耕くんがカブトムシのお礼に届けてくれたアルカリイオン水が置いてある。 「さて。沙世子ちゃんは何をそんなに思い悩んでいるのですか?男の子のこと?」 おどけて口を開く七瀬さん。 「別に。」 無愛想に口を閉ざす沙世子。 「ほぉ、立派になりましたねぇ。私がおしめ換えてあげたのはいつのことでしょうねぇ。最後におもらししたのはぁ?」 「もぉ、やめてよ。」 つられたように笑みを漏らす沙世子。 「みんな元気?」 「うん、元気よ。でも、みんな心配してる。あんたがどうなってしまったのかって。」 「あ、またおばあちゃんでしょう?言いふらしたの。もう、心配性なんだから。」 「だめだよぉ。玲ばあちゃんとゆりえさんの間には太いふとぉいパイプがあるんだから。なにかあったらその日のうちには伝わっちゃうって。」 「で?」 「なに?」 「だからぁ、白状しなさい。誰か好きな人出来たの?それとも告白でもされたの?ラブレターでも貰った?ねえねえ・・・」 七瀬さん結構しつこい。 「あのね、こういうわけなの。叔母ちゃん」 沙世子とうとう苦笑しながら小夜子の話を新学期から順序立てて話す。 そして、玲との関係が今ぎくしゃくしていることも。 「ごめんね。夏休みの間はお芝居の台本書いてたのと、他の人に知られるのがイヤで黙ってて。」 「構わないさぁ。ふーん、それにしてもあんたもドラマチックな人生してるね。14歳なのにさ。話聞くと、なんか煮詰まっちゃうね。でも、今の話の中にまだ私に隠してることあったでしょ?」 「え?」 「あなたの今のお母さんとのことよ。まだ一緒に暮らすこと迷ってるんでしょ?」 沙世子、横面を張られたような顔になる。 「いいよ。かまわないよ。行っちゃいな。みんな行ってもいい、いや行くべきだと思っているよ。おばあちゃんもゆりえさんもおじいちゃん達も。」
部屋にあるステレオから諏訪内晶子が奏でるバッハの無伴奏ヴァイオリン・パルティータが聞こえている。七瀬さんが持ち込んだもんだろう。
「私ね、沙世子。音楽っていうのは記録なんぞに残さない方がいいと思うの。音楽って音の楽しみって書くでしょ。生まれて消える一瞬が全て。その時、人の記憶に残るのが音楽だと思うの。あなたは私達に音楽のような記憶、想い出をたくさんたくさん残してくれているわ。今までも、そして、これからも。だから、自分で自分を縛るのはもうやめよ。」 七瀬さん。ぎゅっと沙世子を抱きしめると 「ねぇ、あなたは一人じゃない。みんな沙世子のこと考えてるよ。私やおじいちゃん、おばあちゃん。お父さんや今のお母さん。そして玲ちゃん。」 「自分の殻に閉じこもって人と垣根を作るのは誰でも体験する事よ。私、それを否定するつもりはない。でも、少し目を周りに向けよぅ。みんなの視線を受け止めよぅ。その視線がイヤだったらイヤってはっきり言おぅ。あなたは自分というものをしっかり持っている私の自慢の姪っ子よ。安心して。」 沙世子の目に涙がみるみる溜まっていく。 「叔母ちゃん。自分で、上手くできない自分に腹が立つの。自分のせいだと判ってても。」 おいら、たまらなくなって穏やかに喉を鳴らす。 沙世子の気持ちの痛さに黙っていられなくなった。 「あ〜る。こないだから邪険にしてごめんね。」 首の所を抱いてもらって、おいら沙世子の顔をなめまくる。 心配してるのは人間達だけじゃない。 おいらは今こうやってなめることしかできない自分自身に猛烈に腹が立ってきた。 こんなに心が痛がっている沙世子を前にしてどうすることもできない自分自身に。 「どうにもならないんだよね。そういう時の気持ちって。」 七瀬さんのつぶやき。
月は地表のそんな想いを切り裂くように冴え冴えとしたナイフのような光を反射し、照らしている。 おいら達はお互い寄り添いあって、長い間その光を見つめ続けた。
おいらは・・その時・・もしかしたら別れの前兆を嗅ぎ取っていたのかもしれない。
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この作品はTV版『六番目の小夜子』から発想を得た二次創作作品です。
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