20.今宵我ら扉を開く

 

晩秋

その夜はおいらの髭がチリチリと音を立てるように乾燥していた。

冬毛に生え替わった体毛が動くたびに静電気でパチパチいやな音を立てる。

風は強く、月はなくおいらは早々に寝床に入った。

なんとなくイヤな予感を感じながら。

 

七瀬さんはあの夜を含め、3日間滞在し、明るい笑いと共に津村家を辞した。結局、沙世子はまだうまい具合に殻の中から抜け出せず一人もがいているようだ。

おいらとしても助けてあげたいが、こればかりは一人で解決するしか方法はなく、おいらが出張ってもどうすることもできない。

 

そんなおいら自身も、自分自身がもどかしい。

沙世子の話し相手になってあげたいのだが、犬の身ではろくに会話もできない。

 

お互いもどかしい思いをしながらズルズルと日々は経っていったのだ。

 

どのくらい眠っただろうか?

おいらはふと目を覚ました。

鼻腔の奥を刺激する刺激臭。

火事だ!

飛び起きると吠えまくる。

近くの家には火の手はない。

しかし、この匂いは間違いなくどこかで何か大きなモノが燃えている。

 

ふと山手の方を見上げておいらはギョッとした。

中学校の方向が稲妻に打たれたように一瞬光って見えたからだ。

今日の風は海風ではなく山手から海に向かって吹いてくる。

してみると火元は中学校?

大変だ!

一段と緊迫度を上げて吠えていると、やっとご主人が外に出てきた。

遠くで消防車のサイレンの音がする。

ご主人は外で近所の奥さん連中と情報収集をしているようだ。

その横を沙世子が顔色を変えて走っていく。

おいらを見て連れていくかどうか一瞬迷ったようだが

「ごめん!あ〜る。間に合わない!」

肩越しに叫びながら全速力で走り抜けていった。

おいらは沙世子の後ろ姿を目で追いながら、ご主人が開けていった鉄枠の扉の隙間を鼻でこじ開け、やっと体をすり抜けさせて外へ出る。

沙世子を追って中学校まで駆けに駆けた。

 

炎を上げる北校舎の近くにたどり着いたとたん、沙世子がその中に飛び込むのが見えた。

無茶だ!

「ゴォ!」

炎が入り口を閉ざし、おいらを含め誰も中にはいることが出来なくなってしまった。

おいらは入り口に並ぶ中学生達や先生らしい人影を避け、他の場所から突入出来ないか裏手に回るが、こちらも炎に包まれていてどうにもならない。

「沙世子!」

炎が校舎を埋め、轟音を立てる中、幾ら叫んでも、声は中には届かない。

どうにもならない無力感にさいなまれながらそれでも叫ばずにはいられない。

くそっ!おいらは、おいらは仲間も守れない役立たずなのか?

「沙世子!!!」

 

「た・す・け・て」

突然頭の中に声が響く。

「ち・か・ら・を・か・し・て」

「だれだ?!」

「お・も・っ・て。あ・な・た・の・た・い・せ・つ・な・ひ・と・の・こ・と・を」

「沙・世・子!!!」

絶叫の中、おいらの意識は空母のカタパルトから射出される戦闘機のように漆黒の闇の中に弾き出されていた・・・

 

感じる・・・

仲間の存在を・・・

 

気がつくと傍らにはataruと龍が。

「呼ばれた。」

「玲ちゃんもいるようでっせ。中に」

ataruの無愛想な返事と龍の関西弁が今は頼もしい。

南西の空からは孤独な想いが虚空を突っ切ってやってくる。

あれは・・ユキカゼ!

「・・・」

相変わらずな無口さ。

その裏に秘めた強烈な想い。

 

天空からもまた想いが降り注ぐ。

懐かしい感覚。

あれは・・アルフォンス。

最後に会ったときの慈愛に満ちた想いそのまま。

秋田犬の持つ堂々とした威厳に満ちた想い・・あれは七瀬さんが言っていた空神。

その他数え切れない程の想いがそれぞれの方向からおいらの周りに集まってくる。

いや、犬だけではない。

陽気で元気なこの想いは七瀬さん。

キリッとしたそれでいて確固たる想いは真紀さん。

下の中学生達や先生の想い。

玲の父や母の想いもいつしか加わり、おいらの周りはさながらカオスのように混沌としてきた。

その時おいらは感じた。

沙世子への誰より深くて強い想いの到来を。

 

あれは・・

 

今は亡き沙世子の母親の想い。

 

瞬間。

 

混沌とした想いは一気に噴流し、形を成していく。

制服姿の少女の形に。

同時にあれほど強かった火炎の勢いが弱まり、扉が、炎の中に道が出来、その先の扉が開かれたのだ!!

 

玲と沙世子が無事に炎の中から扉を開き、外の安全な場所に避難するのを見届けると同時においら達の意識はぷつんと糸が切れるように途切れた。

 

気がつくと、おいらは自分の家の片隅にボロ雑巾のように倒れていた。

髭が縮れて鼻にはまだあのいやな刺激臭が臭っている。

おいらは寝床まで這うように進むと、安心して死んだようにぐっすりと眠りについた。

夢の中では久しぶりにアルフォンスが心ゆくまで遊びに付き合ってくれた。 

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この作品はTV版『六番目の小夜子』から発想を得た二次創作作品です。
著作権はこれら作品の作者にあります。無断転載・複製・再配布などは行わないでください。

 

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