6.月夜

 

「えっ。あ〜るをうちで?」

「もし、出来ればでいいんですけど。急に実家の義兄が亡くなって、今夜帰ろうと思うんですけど。いつも預かってもらうペットホテルがあいにく一杯で。2,3日預かっていただければ助かるんですが・・・」

「もちろん良いわよね!おばあちゃん!」

「本当に、申し訳ありません。せっかくの連休なのに・・」

「いいんですよ。連休前に神戸の家は引き払ってますし、この子の両親は今、新しい家の整理でてんてこ舞いなんで、連休はこちらで過ごそうって話してたところなんです。それより、早速あ〜るを連れてきましょう。」

ゆりえさんも異存があろうはずもなく、おいらは彼女の家に居候することになってしまった。

 

確かにゴールデンウィークのこの時期にペットホテルなど空いているはずもなく、おいらもご主人も途方に暮れていたので、ありがたくお邪魔させていただくことにした。

「あ〜る。おとなしくしとくのよ。出来るだけ早く帰ってくるからね。」

ご主人は夫婦連れだって車で出ていった。

彼女、送り出して振り返ると謎の微笑み・・・・。え?!

「さて、あ〜る。早速お風呂に入ってもらうわよ!」

え〜・・・おふろぉぉぉ!!

おいら何が嫌いって体ごしごし洗われるお風呂ほど嫌いなモンはない。

踵を返して家を出ていこうとするおいらに、彼女は妖艶な微笑みを浮かべながら命令する。

 「あ〜る!Come(来い)!」

 

「で〜っきれいだぁぁ!風呂なんてぇぇぇ!」

 

風呂場で彼女に体を洗ってもらいながら、おいらは何十回目かの泣き言を漏らした。

「ほらぁ、こんな美人が洗ってあげてるんだから、もう少し機嫌良くしなさいよ!」

んなこと言ってもぉ!

おいらいくら彼女が側にいてくれてもこれだけはいやなんだよぉ。

やっとシャワーから解放されて、体をブルルっとふるわせて水を弾き飛ばし、またヒンシュクを買う。

「あ〜る!!」

体を拭いてもらってやっと人心地(犬心地?)ついた(はぁ・・)

 

今夜は、月が綺麗だ。

 

一人と一匹。

おいらも2階の彼女の部屋に上げてもらって一緒に月を見ている。

彼女はパジャマの上にフリースの裾の長いベストを羽織って傍ら。

部屋の明かりは消して、蝋燭が1本ゆらゆらと暖かい光を部屋の奥、机の上から蒔いている。

なんとなく懐かしい匂いがおいらの嗅覚を刺激する。

「秋の月も綺麗だけど、今の時期の月もなかなか捨てたもんじゃないね。あ〜る。」

ふと彼女の方を見ると、腕や足にみみず腫れの跡。

おいらが暴れて爪立てたからだ。

ごめんね。

そっと頬をなめる。

「もう、今更ゴマすってもなにも出ないわよ。」

明るく彼女にたしなめられた。

「もう5年になるのか。私がこの街にしばらくいた頃から。あの頃よくこうやって一緒に寝てたよね。覚えてる?」

おぼえてない。

おいらの記憶にはないんだけど、鼻は正直だ。嗅覚はその当時のことを覚えているみたい。

懐かしい匂い。

「こないだねぇ。近所の小学生が私を盗撮しようとしてたから追いかけたの。そしたらその子国道に飛び出しちゃって。もう少しで二人とも挽かれるとこだったわ。その時ね。アルフォンスのこと考えた。死んだらアルフォンスとまた遊べるかなぁとか。老衰だったのよ。去年の冬。朝起きたら私の隣で冷たくなってた。アルが死ぬなんて考えてもいなかった。私。おかしいでしょう?きっとまた元気になると信じてた。」

問わず語りに口を開く彼女。

「アルにはねぇ。な〜んにもしてあげられなくて。私が寂しい時は不思議とわかってくれてて。よくこうやって二人で星を見てたな。親の帰りが遅いときとか、友達と喧嘩したときとか、なんとなく一人でいたいとき・・・」

 

「小夜子ねぇ・・」

ちょっと間をおき、またつぶやく。

「潮田さんが小夜子ねぇ」

ほんのり微笑みが彼女の頬に浮かぶ。

暖かい笑み。

「まったく人の秘密探るのが好きなんだから。あの好奇心はどこから湧いて来るわけ?ほんとに。ちゃあんと私のこと見てて、あんなパス出すんだもんな。おまけに二人で小夜子やろうなんて・・・。どこにあんな発想があるわけ?」

 

「前の学校では進学だけの生活がいやでいやで登校拒否起こしそうだった。でもこの学校に通うのも迷っていた。そしたら、春休み最初の日に小夜子の鍵と手紙が届いた。正直、半信半疑だったのよねぇ。おまえとあの女の子に会うまでは。しかも、あの碑に書かれた同姓同名の名前。こりゃ呼ばれちゃったかな?って・・。しかも、五年前には私自身この街にしばらく住んでるわけだし。なんかね、帰ってきたって感じ。私の根っこがここにある気がしてきた。あの古い校舎の扉の鍵を開けた瞬間。同姓同名の彼女と一瞬話し合えた気がした。おかえり、って彼女が私につぶやいた気がしたの・・・私はその時、小夜子を、今年の小夜子を演じたいって実感したの。」

 

「そう言えば、始業式の日にまたあの女の子に会ったわよ。あ〜る。一人で一心にあの碑の後ろで遊んでた。なんとなく、ぼんやりあの子見てたら今の私がとっても小さく見えて、気がついたら大笑いしてた。きっと変に見えたろうな。ふふ、恥ずかし。」

 

「でもなぁ。加藤君のあの青ざめた表情見るとね。やっぱ気が滅入るなあ。だって、私を完全に小夜子の亡霊としてしか見てくれないんだモンね。ま、そんな風に振る舞ってるたんだけど・・・」

「やっぱ、だめだな。私。知らず知らす人を傷つけてる。加藤君にも潮田さんにもそう。演じれば演じるだけ他人を傷つけ、自分も傷ついてく・・・ふ〜ん。判る?あ〜る」

 

おいらに判るわけないじゃないかよう・・

でも、彼女とこうして月を見てると、なんとはなしに判ったような気がしてきた。

要するに彼女、さみしいんだ。

さっきの潮田って子の事を話す時のほんのりした笑顔をもっと見てみたいな。

 

おいらの目線に気づいたのか、

 

「ま、おまえに言ってもどうしようもないことなんだけどね。」

と笑いながら蝋燭を消しに立ち上がる。

 

暗闇の中で彼女の寝息を聴きながら、彼女の心の殻の固さを思った。

彼女の心の殻はまだまだ固い。でも確実に剥がれてきつつあるようだ。

 

月をもう一度見上げて、彼女につぶやく「おやすみ。沙世子・・」

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この作品はTV版『六番目の小夜子』から発想を得た二次創作作品です。
著作権はこれら作品の作者にあります。無断転載・複製・再配布などは行わないでください。

 

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