〜3.サクラ・サクラ〜

玲と沙世子は放心状態でしばらく砂洲に突っ立っていた。

夜も更けてきていたが、相変わらず蒸し暑い海風が二人の髪をなびかせる。

慌ただしげに警官達がまわりを行きかう。そんな中で先程の若者の匂いがおいら達に近づいてきていた。

「玲・・・」

「秋!」

「関根君!」

「大丈夫か?さっきちょっとふらついてたぞ。」

「うん、平気。やっと電気が抜けたみたい!それよりなんで秋が熊本に?」

「なんでって・・・。まったく、黙ってふらっと出て行っといてよく言うぜ。こっちはどれだけ心配したと思ってんだよ。アルバイトキャンセルして、おばさんに電話して、飛行機飛び乗って、やっと着いたら津村と人命救助だってんだから・・・。呆れるよ。」

「ごめん・・・。」

素直に頭を下げてうつむく玲。

「なに?」

ふっと張り詰めた気を抜いて、肩の力を抜く秋。

「うん・・・。来てくれて・・助けてくれてありがとう。秋。」

「なぁんだよ。気持ち悪いな。おまえがそんなふうに素直なときって、必ず何か考えてるんだから。」

「ごめん。後で話す。」

おいら達に聞かれたくないような話か?

「関根君。ごめんなさい。玲を危険な目に会わせてしまったの私のせいなの。」

沙世子が本当にすまなそうに詫びている。

「あれ?」

玲の不思議そうな声。

「沙世子、震えてる。どうしたの?」

「えっ?」

自分の手に目をやる沙世子。おいらにも判る。沙世子の全身がガタガタと音を立てるように震えてる。どうしちゃったんだ?

「やだ・・・。今頃になって怖くなってきちゃったよ。自分が危ない事するときはなんともないのに、玲や知っている人達が危ない目に会っていると思うと、怖くて。私。」

自分の肩を抱くようにして砂洲の湿った砂の上に座り込んでしまう沙世子。抱きかかえるように背中から手を回す玲。おいらは正面から彼女の顔に鼻を寄せた。汗と微かなラベンダーの香り。そして今は恐怖と安堵の混じった感情がおいらの鼻腔を駆け抜けていった。

「あ〜。気持ちいい!」

「ふ〜。極楽でんなぁ!」

龍とまぁがしみじみと歓声を上げている。

午前四時。沙世子、玲、まぁの三人とそれぞれの救助犬、おいら、龍、ataruの三頭はフジノ元大統領が宿泊中のホテルの展望露天風呂に浸かっていた。

捜索に加わっていたホテルの支配人の好意で沙世子らは朝風呂にありついたのだ。

恐縮して固辞する三人に支配人は、どうせ早朝には湯を一旦抜いて掃除をするからと返り血でドロドロになったおいら達まで一緒に入浴する事を許してくれた。

あの後、不審船の追跡は海上保安庁が受け持ち、フジノ元大統領への事情聴取、捕まえた男達の身元確認や桜井(残念なことにやつは気絶していただけだった)の護送は鈴木さんたち県警が受け持った。

七瀬さんは秋とユキカゼと共に一旦引き上げた。

教授はなんやかやとあちこちから発せられる質問や問い合わせの嵐をさばいてくれている。

やっと沙世子も落ち着いて、おいら達は人間なら十人ほど入れそうな大きな湯船に一緒に浸かっているわけだ。

「それにしても、あの桜井の野郎。とんだ悪党だったわね」

悔しそうにまぁが湯の中に肩まで入りながら言った。

「なんでも、内閣安全保障室を先月辞めてたって話よ。どこでP国の軍隊なんかとつるんでたんだろうね。」

「トカゲの尻尾きり。」

ataruがまぁに首筋を撫でてもらいながら気持ちよさそうに目を細め、ぽつりとつぶやく。

「なんだって?」

「結局、桜井の独断だったってことでっしゃろ?外務省の隠蔽工作やな。」

「まったく人間てのは・・・」

「それよりも、まぁ。フジノ元大統領ってこれからどうなるの?そもそもあのおじいちゃんはなんであんなところに隠れてたわけ?」

沙世子がおいらが逃げないように首筋を掴みながら(だって、本来おいらは風呂嫌いなわけで)質問する。

「ん〜。私もスペイン語多少判るから事情聴取同席したんだけど。昔、昭和三十年代にあの人、農業の勉強する為に一年程来日しているのね。その時地元の娘さんと恋に落ちて、あの岬の先の島で逢引してたんだそうよ。それを思い出して行ってみたそうなんだけど・・・。」

「逢引?!まぁ旧い日本語知ってるのね。」

「Yes!これでも国文科の単位取ったんだよ。」

「まぁ、あのおじいちゃんはどうなるの?」

と、玲重ねて質問。

「どうなるんだろうねぇ。国外からの追っ手にこれだけ追われちゃあ、外務省も強制送還の措置を取らざる得ないだろうし。」

しばらく少し重い雰囲気が漂う。おいらはとうとう我慢しきれず湯船を飛び出した。

「あ、こら!あ〜る。もう少し入っていきなさいよ!」

沙世子があわてて言うが、意に介さず体をブルブルっと震わせて水気を払うと、脱衣所の扇風機の前に陣取った。ataruも龍もよく我慢できるなぁ。

「あ、さっき桜井をやっつけたあの武器ってやっぱりレーザー?」

沙世子が不思議そうに訊く。

「ううん。県内のベンチャー企業が売り出そうとしている護身用の武器でね。『テーザー』って言うらしいの。平たく言うとスタンガンと吹き矢の合体したもんかな?ボンベの圧縮空気で針を飛ばして刺さったらスタンガンみたいに感電しちゃうらしい。沙世子が見た赤い光は照準用のレーザーだったんだよ。教授が試供品としてひとつ貰ってたんで今夜使ってみたんだ。」

「へぇ。凄いね。」

「でも、結構重いんだよ。あれ。実用化まで時間掛かりそう。」

浴室というか屋上から玲の叫び声。

「キャー!龍、ataruどうしちゃったの?」

「く、口から泡噴いてるよ!」

「きっとのぼせたのよ!水!水!」

やれやれ・・・。

裸の女性達に抱きかかえられて出てきた二頭は、

「しあわせ」

「死んでもええワ・・」

とのたまって、冷凍マグロのようにおいらの隣に捨て置かれた。多分くたくたなんだろう。二頭とも半分寝ている。

おいらもさすがに疲れてウトウトしようと目をつぶる。

脱衣所の外で誰かが小さな声で唄っている。

「さくら、さくら・・」

「ちょっと・・よろしいですか?」

脱衣所からゾロゾロ出てきたおいら達に声を掛けてきたのはフジノ元大統領だった。脇から県警の刑事らしい男が言う。

「どうしても直接会ってお礼が言いたいとおっしゃってね。」

「あなた達を二度も危ない目に会わせてしまって、本当に申し訳ない。しかし、なんで私などの為にこんなにやってくれるんですか?国を追われた老人の為に。」

たどたどしい日本語だった。目には恐怖と落胆の色が微かに残っている。よほどショックだったのだろう。

「探して欲しいと望まれる方がいたからです。」

沙世子があっさりと答え、まぁがスペイン語に訳す。

「今、あなたがどういう御立場なのか、失礼ですが私達は知る立場にはありません。ただ、私達とこの犬達は、助けて欲しいと望まれる人がいて、助けに行ける状況であればいつでも、どこでも助けに参ります。」

「それが仕事だからですか?」

ニコッと笑みをもらすと沙世子は答えた。

「私達、ボランティアなんです。報酬は貰ってません。でも、私達が目指そうとしている活動はプロフェッショナルな世界なんです。」

ため息を漏らすと老人は疲れたようにつぶやく。

「私を必要としている人がいる?」

「はい。あなたの家族や知り合い。この町の方々。そして、P国の様々な人々・・・。」

「たとえそれが自分を裏切った同胞であったとしてもですか?」

「あなた自身がどう思っているか。ではなく、誰かがあなたを必要としている。それに対してあなたは何が出来るか。少なくとも私達はそんなふうに考えてこういう活動をしています。答えになっていないかもしれませんが・・。」

「ねえ、おじいちゃんはなんであんなところにいたの?」

玲が口をはさむ。おいらもなんであんな所にいたのか本人から聞いてみたかった。

「もう40年以上昔。私はここに農業の勉強の為にやって来ました。その時色々世話をしてくれた娘さんがいて、彼女があの場所を教えてくれたのです。元は戦時中の防空壕として作られたと聞きました。」

昔を思い出したのか、郷愁の響きを帯びた声。

「当時、私も若かった。結婚の約束までしておきながら、国に帰ると忙しさにかまけて便りが滞りがちになり、そのうちに彼女は他の男と結婚して村を離れたそうです。ふと、あの頃を思い出して行ってみたくなり、警備をそっと抜け出してしまったというわけです。」

「そろそろ、迎えが来ます。」

傍らの男が話を切り上げようと声を掛ける。

老人は三人とそれぞれ握手をしながら

「あなた方の素晴らしい活躍とご苦労。そしてなによりもその気高い志に感謝と尊敬を捧げます。ありがとう。私も国に帰ってもう一度やり直してみたい。」

その時、わずかだが老人の目に力が灯ったようにおいらには感じられた。

出来るかどうか。やってみないと答えは出ない。

「お気をつけて。」

沙世子が代表して返事をした。

老人は、別れ際かすかに微笑んでくれていた。

「決めた!」

玲が頭をぐいっと揚げて叫んだ。

おいら達は眠りこけていた頭を何事かと振り回す。

フジノ元大統領と別れ、帰りの車に乗り込むと玲はずっと考え込んでいた。

「ど、どうしたの?玲。」

珍しく沙世子が慌てて問いかける。

「私、秋と一緒にカナダに行く!」

「え〜!?」

おいら達と沙世子&まぁのユニゾンが車の中に響く。

「私、秋と離れたくない!一緒にいたい!」

「あ、あのね・・。玲。それってどういう意味か判ってるの?」

「えっ?あ、そうか?でも、一緒に住まなきゃ結婚じゃないし・・・。」

沙世子、たまらず車を路肩に寄せる。

「玲・・。お、落ち着いて話そう。関根君を好きなのは判った。でもね、なんであなたがカナダくんだりまでついて行かなきゃいけないの?あなたにはハンドラーになるって夢があるんじゃなかったっけ?学校は?ご両親にはどうやって説明するの?あぁぁもう!私の方がドキドキしてきた。いつもこうなんだから!玲!」

「沙世子のパニくるところって初めて見たわぁ・・・。」

口をぽかんと開けてまぁがつぶやいた。おいらもそれに近いです(でも、沙世子と付合い長い分冷静だったけど)。ataruも龍も当事者である玲本人さえ・・・。

「沙世子・・。ま。これでも飲んで・・・。」

玲が差し出した缶入りココアを一気に飲み干してやっと少し落ち着いたようだ。

「ごめんね。沙世子。私、いつもいつも沙世子を驚かせてばっかりで。でも、でもね。私、秋と一緒にいたい。今日本当にそう思った。一人では出来ないことも二人だったら絶対出来る。沙世子、いつか私にそう言ったよね。秋、カナダで苦労すると思うんだ。そんな時、私、秋と一緒にいたい。秋の力になりたい。」

「もぉ・・。しょうがないね。玲そんなとこは強情だもんね。ええ、判りました。カナダだろうとアラスカだろうと行っちゃって。そのかわり、別れて帰ってきたら承知しないからね。」

「うん!ありがとう!沙世子!」

「こらぁ!。私を口説いてもなにも進展しないよ。玲のご両親と関根君のご両親と、説得するのは玲の役目なんだから。」

「うん、がんばる!」

「うぅぅ・・。まぁ!運転替わって!玲、少し休憩。ちょうど夜が明けるわ。」

路肩から崖に張り出している駐車場に車を止め、皆は一斉に車を降りる。おいら達はトイレ休憩。

闇が徐々に薄れ、少しづつあたりの風景が見えてくる。涼しかった風に替わって、今日も暑くなることを予想させる熱気がどこからともなく立ちのぼってきた。

長かった夜が終わり、新しい一日がまた始まる。水平線に太陽がギラギラと映り始めていた。

誰の下にも平等に。

「玲。なぜあなたはそんな決断が出来るの?一生のことを一瞬で決めることが何で出来るの?」

「なんでっかなあ?うーん?わかんないや。沙世子みたいになんでも出来る才能ってあたし、中学の時以来諦めてるから・・。そのかわり、人に出来るだけ優しく接しようとか、自分に正直に行動しようとかは思ってる。あ、これも矛盾しているのかな?」

「玲。幸せになってね。」

「な、なに?沙世子涙流してる?ん?」

「もぉ!」

「きゃ、なによぉ!くすぐったい!」

二人がじゃれあっているのを目の端で捉えながら、おいら達は車に戻り再び深い眠りに落ちていった。

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この作品はTV版『六番目の小夜子』から発想を得た二次創作作品です。
著作権はこれら作品の作者にあります。無断転載・複製・再配布などは行わないでください。
 

 

 

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