「MISSION−6」

あの事件から二ヶ月・・。

玲は、秋と(一悶着あったんだけど)仲直りし、無事(?)に研修を終え、岬市に帰って行った。

龍&ataruは新しい飼い主の元へ引き取られていった。

これからはやつらと訓練や出動の時に一緒になることも多くなる。

緒方家の土間は再びおいらの指定席となった。

夏バテと闘う毎日が一段落し、庭に咲く彼岸花と共に「火の国」熊本にもやっと秋が訪れようとしてた。

そんな九月の夕暮れ時。

「ふぁぁ〜。」

あくびを一つ。

最近のKSARは暇だ。

どうも前回の事件の後、県警との関係がギクシャクしてしまい、おいら達は俗に言う「干された」状態になっているらしい。

そのかわり県警嘱託警察犬のユキカゼは大忙しで、聖さんがいないときには警察犬訓練所のハンドラーと共に事件現場を飛び回っている。

今日も朝から強盗犯捜索のために阿蘇の山中まで出張っている。

「ふぁぁぁ〜。」

また大きなあくび。

おいらが暇しているのはそれだけではない。

このところ沙世子がヘンなのだ。

どこがどうということはないんだけど・・・。なんとなく心ここにあらずというか・・・。

夏休みの間は、大学にも連れて行ってもらって、そのままバイト先の訓練所にもついて行くというのがおいらのいつもの生活パターンだった。

だが、この二週間ほどなぜかお呼びがかからない。夜もなぜか帰ってくるの遅いし・・・。

本人は授業も始まって、バイトも大変とか言っていたがその割にいつもなら服に染み付いている訓練所の仲間達の匂いがしない。妙に香水の匂いがきついときがあるし・・・。

本来ハンドラーには香水って厳禁なのだ。

おいら達の嗅覚には匂いの暴力以外の何者でもないんだから。

そんな初歩的なこと、知らない沙世子じゃない筈なのに。

まどろみの中でぼんやりとおいらは不安にさいなまれていた。

所在無く前足を伸ばすと頭をドサっと乗せ、だらっと伸びた尻尾をバサバサっと振ってみる。

きっとボーイフレンドが出来たんだろな。ふん、ふん、いいや。ふんふん。

「コロコロ・・コロコロ・・」

どこかでエンマコオロギが一匹だけ鳴き出した。

拗ねたおいらにはそいつが妙に物悲しく聞こえた。

「パシンッ!」

平手打ちの音がして、おいらは思わず首をすくめた。

七瀬さんが沙世子をにらみつけている。

沙世子の頬が見る見るうちに腫れあがり、アーモンドアイが一瞬紅に染まる。

「そんないい加減な考えでやっていくつもりなら、今すぐ辞めちゃいな!」

「なによ!私だって・・!叔母さんになんか私の気持ち判らないわ!」

七瀬さんをにらみつけると、沙世子は自分の部屋に飛び込んでいった。

「どうしたの?母さん。沙世子姉ちゃんと喧嘩なんかして・・・。」

「そうだよ七瀬。おまえらしくもない・・。」

「えーい!ミキも母さんもうるさい!沙世子、沙世子って甘やかすからいい気になるんでしょうが!ちょっとはガツンと言ってやらなきゃ駄目な時があるのよ!」

七瀬さん。完全に頭に来ている。

事の起こりはまた遅くなった沙世子の帰りにあった。食事を済ませてきたという返事にムッとし、つい意見めいたことを言ってしまった七瀬さんの気持ち。結構おいらにも理解できる。そろそろ老年期に差し掛かろうとする犬は時として人間よりもうんと気難しく嫉妬深くなるものだ。特に彼女から男物のコロンの匂いを嗅ぎ出したときには・・・。

深夜。こっそり沙世子の部屋のノブをガリガリやってたらガチャリと鍵が開き、当の本人が顔を出した。

「もぉ!いい加減にしてよ。あ〜るまで。何か用なの?早く寝ないと明日も朝から訓練するからね。」

大きなお世話だ!。ふん。折角なぐさめてあげようと思ったのに。

「沙世子姉ちゃん。大丈夫?」

おずおずとミキちゃんがやってきた。

「ミキちゃんまだ起きてたの?明日も早いんでしょ?」

「うん。なんとなく。あ、まだ腫れてるね。ほっぺた。これ、氷持ってきた。」

「あ、ごめん。ありがと。ミキちゃんやさしいね。」

「それ、母さんが持ってけって・・。強情だよね。自分で持っていかないなんて。」

ほんのりと沙世子の表情がゆるむ。

「入っていいかな?ちょっと相談に乗って欲しいの。」

身振りでおいらとミキちゃんを部屋の中に導き入れて、ベットに倒れ込むように腰掛けると、ミキちゃんは勉強机の前の椅子に背もたれを胸に抱くように座った。

「ねえ、何で喧嘩してたの?」

「なんでかなぁ?んっと・・ちょっと七瀬叔母さんの言葉がうざったく感じたのかな?・・・。」

ミキちゃん。しばらく黙って考えているようだったが、まっすぐに沙世子を見つめるとつぶやいた。

「沙世子姉ちゃん。好きな人いる?」

「え?!」

ミキちゃん。君は鋭い!おいらの弟子にしてあげよう!

「いるよね!?沙世子姉ちゃん美人だもん。絶対いるよね。」

「どうしたの?好きな人でも出来たの?」

ミキちゃん、顔を真っ赤にしてポケットから手紙を取り出す。

「ありゃ、やっぱり。でもラブレターとは古風だな。」

「そんなことないよ。最近流行ってるの。」

「ふ〜ん。で?くれたのはどんな彼氏?」

「うん。同級生で、こないだ転校してきた男の子。かっこいいんだよぉ。なんでも出来るんだ。勉強もスポーツも。」

「当然OKしたんでしょ?」

「それが・・・」

突然顔を曇らせるとミキちゃん、すがるような視線で沙世子に目を向ける。

「その子がね。なんかね。私のやることに干渉するの。『それってやらないほうがいい。おまえの為には』とか言ってさ。」

「ふ〜ん・・・。」

「でね。なんかそんなヤツと付き合うのやめようかなぁ・・・なんて思ったりもして。普段はとってもいいヤツなんだよ。だけど時々すっごく意地悪になるんだ。特に私と二人で話すときなんかね。」

ははーん。思い当たるフシがあるおいらは、わざと黙って狸寝入りを決め込む。

沙世子の表情は話を聞くうちに徐々に柔らかく優しくなっていった。

「それ、きっとミキちゃんのことが心配なんだよ。でも、彼もテレくさいんで二人の時なんかつい意地悪な言葉になっちゃうんじゃない?」

「そうかなぁ?そんな風には・・。」

「あくまでもミキちゃんが付き合うかどうか決めるんだよ。私はアドバイスするだけ。バスケの試合と同じよ。みんな仲間だけど最後は自分で考えて行動しないと結果を出ないし、出た結果にも満足しないでしょ?だから・・・ね。」

「わかった。沙世子姉ちゃんも頑張ってね!彼氏からなに言われても怒ってばかりじゃ駄目だよ。」

「な〜に生意気言ってんの!」

やっと笑顔を取り戻し、ミキちゃんを追い出した沙世子は頬に氷を当てながら明かりを消すと窓を開ける。

うるさいほどの秋の虫たちの合唱。そよりと涼しい風が部屋に忍び込んでくる。秋の始まり。月は半月、雲多く、近くにある電照菊のビニールハウスのライトが彼女をシルエットに浮かび上がらせる。

「あ〜る。やっぱりおまえも怒ってる?今日のこと。」

おいらはわざと狸寝入り。起きてるって、多分沙世子は知ってるから。

「みんな私のことハンドラーとして凄く期待して、心配してくれている。ありがたいとは思ってる。でも・・・でもね。私だって一八歳の女の子なのよ。こないだ玲が言ったよね。秋のそばにいてあげたいって。あれ聞いて私も誰かのそばにいてあげたいと思う時があるのかなって・・・。そしたら急に今やっていることがみんな色褪せてきた気がしてさ。ふぅ〜。」

「こんなことじゃいけないと思えば思うほど気が抜けてくようで・・・。今日もついゼミの友達と遊びに行っちゃった。」

あれ?友達?おいらのちろ〜っと見上げた視線に気付いたらしく

「わかったわよぉ。あ〜る。か・れ・し。ボーイフレンド!」

まったく・・・。

この娘は、本当に自分のこと語るのが下手だなあ。今に始まったことじゃない。中学時代に自分の殻に閉じこもっていた時からそうだった。

ボーイフレンドだかフライドポテトだか知らないが、相手はさぞや大変だろうと心の中でため息をつく。

そっと彼女は窓を閉め、カーテンを引いた。

「ごめんね。あ〜る。明日からまた・・よろしく・・。」

恥ずかしそうに、ちょっと口ごもりながら謝ると沙世子はベッドに潜り込んだ。

やれやれ・・・。

やっと戻ったおいらの平穏な眠り。それが一本の電話で台無しにされたのは、それから数時間経ってからだった。

「キュキュキュ!」

四輪がグリップを失って道路を飛び出す寸前にフォレスターS/tbは、カーブを曲がり終え、直線路に向かって四つのタイヤが地を蹴り出した。エンジンはフルブースト状態。強靱な水平対向の鉄の心臓はその力を余すところ無く伝え、おいらは車内で転げないように必死に足を踏ん張る。

「生きていて・・。お願い。」

携帯電話を切った沙世子の祈るような呟き。

まだ薄暗い夜明け前。車は熊本市内を抜けると金峰山のふもとを西に向かう。まもなくあたりにおいらが育った岬市と同じような油と潮の混じった港の匂いが漂い出した。長い橋を渡ると巨大なバース(船だまり)が見えてくる。

熊本港。

平成五年に開港した新しい港だ。

一ヶ月ほど前、おいら達は総合救助訓練で訪れたことがあった。

漁港と違い、ひっそりとした官公庁向け船だまりに一隻の消防艇が慌ただしく入ってきた。熊本市消防局の消防艇『金峰』だ。急停車すると沙世子はおいらと一緒に車外に飛び出す。

「遅くなりました!KSARです!」

叫ぶ声と

「待っとったばい!すぐ出るけん。はよ乗って!」

と返す声が重なり合う。飛び降りるようにおいら達が乗り込むと艇はぐるりと向きを変え、港外へと舳先を向けた。

「お久しぶりです。艇長。」

「沙世子ちゃんも元気やったね?この間は訓練お疲れさん。すまんね。朝早くから・・・」

「いいえ。事故ですか?」

「船舶同士の衝突事故たい。出航しようとした小型プレジャーボートが岸壁の手前でちょうど入港しようとしたコンテナ船に出会い頭にぶち当たって乗ってた会社員が投げ出されたとよ。丁度引き潮で流されたごたる。今、防災消防航空隊の『ひばり』を呼んどるばってん、やっこさん救急搬送であと一時間は動きのとれんけん、おったちで出来るところまでの捜索範囲を探さんとね。」

「遺留品は?」

「なんとか帽子の一つ流れとるのを拾っといた。」

「十分です。」

「なんで見つからんとかねぇ・・。救命胴衣を着とらんだったつかねぇ?匂いを追うこつは出来るね?」

「難しいですが、やってみます。」

先日の訓練時に顔なじみになった艇長の話を聞きながら現場まで十分程で到着。捜索にかかる。

水面捜索は最も難しい捜索技術だ。

潮流と風向きは逆の事もある。

湖のように動かない場所でさえ水中から漂う匂いはごく僅かなのだ。

いくら熊本港が内海で穏やかであるとしても、今は引き潮でどんどん湾の外に潮流が流れていく。おいらがいくら優秀でも匂いのコーンにたどり着くのは不可能に近い。

だが・・・。

やるっきゃない。

艇長は先日、とても興味深くおいら達の訓練に付き合ってくれた。今日も真っ先にKSARに連絡してくれたのだ。ここまで頼りにされて出来ませんでした。ではおいらの犬としてのプライドに関わる。

「さ〜が〜せ!」

沙世子の声と共に、おいらの集中力が極限まで高まった時。彼女の携帯が鳴った。ふっと集中力が途切れる。

「チッ!」

珍しく舌打ちしながら沙世子は携帯の電源を切る。

「あ〜る。ごめんね。もう一回いくよ。さ〜が〜せ!」

結局・・匂いは見つからなかった。

二時間程場所を変えながら湾内と湾外を探してみたが、匂いのコーンの先に行き着くことは出来ず、捜索は上空から駆けつけた『ひばり』と漁船等に引き継がれた。

「すいません。艇長。」

「いや、元々無理な相談だったとだけん気にすっとでけんよ。」

陸に上がってもなんとなく去りがたくて、おいら達は海浜公園横に並んで腰掛け、遅い朝ご飯のドッグフードとサンドイッチを食べていた。

しばらくすると、後ろで車の止まる音と誰かが降りて近寄ってくる気配がした。昨日沙世子に付いていた男性用コロンの匂い。

「どうしたんだよ!もう仕事終わったんじゃないのかよ?」

ちょっとやんちゃな若い男の声。

「ったく。本部に聞いたら熊本港だっての。折角の日曜だってのに。こんな所で時間潰してないで街に出ようぜ。昨日約束した映画観に行こう!」

「邪魔しないで!」

弾けたような沙世子の声。危険信号。

「どうしたんだよぉ?今朝も電話に出ないで・・・。」

「なんで電話なんてするのよ!車の中で電話したでしょ?今日は会えないって。」

「どうしてるか心配だったんだよ!あんなに朝早く電話かけてきて・・。なんでそんなピリピリしてんだよ?たかがボランティアじゃん。」

「たかがですって!」

プツッと何かが切れる音がした。切れたのは沙世子の堪忍袋の緒か?

「あなたにとっては『たかが』でしょうけど、私達は人の命を扱ってるのよ!私の犬の扱い一つで時には人が死ぬのよ!判る?例え見つかるのが死体であったとしても、一分一秒でも早く遺族の元に帰してあげたいの。そんな気持ち、あなたに判る?ボランティアって学校の授業じゃないのよ!」

「現に授業じゃん。今学校でやっているのは。ちゃんと修めて安定した公務員になる為の・・・」

沙世子の怒りにビビリながらも、怖いもの知らずに男は言い切った。

すっとおいらの脇から離れると、彼女は男のそばに歩み寄った。

獲物を襲う狼のようにしなやかに狙い澄まして、右手バックハンドの平手打ちが炸裂した。

「帰れ!!顔も見たくないわ!!」

「どうしたんだよ?」

「あ〜る!」

へいへい・・。馬鹿なヤツだと思いながらおいらは唸りながら男に近づく。

後ずさりながら、恐怖に駆られた男は決定的な墓穴を掘った。

「そ、そんなことして・・・言いふらすからな。KSARホームページの掲示板にも書き込むぞ!」

「この子はね。つい先月、三人病院送りにしてるの。確かまだ一人は警察病院に入院中よ。どうする?夜道で待っててあげるわよ。お望みとあらば!」

氷点下絶対零度の冷たさで沙世子が言い放つ。

「ヴァフ!」

青ざめた男の顔に向かっておいらが吠えるのと、男がくるりと背を向けて逃げ去るのとほぼ同時だった。

「ハハハハ!」

男が車で走り去った後に沙世子の乾いた笑いが響く。

「ハハ・・・馬鹿じゃん。私」

振り返ると顔中涙で濡らした十八歳の女の子がみっともなく顔をゆがめて立っていた。

本当に・・まったく・・。人間てヤツは・・。

ため息をつきながら、おいらは鼻を高く掲げると彼女の方に近寄ろうと歩き出す。が、そのまま凍り付いたように立ち止まった。潮風に混じってかすかに漂うこの匂い!鼻を上下左右に振り、風の方向を肌で感じる。こっちか?一目散に北防波堤の方に向かう。

「あ〜る?!」

異常を感じた沙世子が慌てて追いかけてくる。

防波堤の先に匂いの流れが微かにほんの微かに存在している!

吠えたてるおいら。携帯で艇長と連絡を取る沙世子。

「そうです!北防波堤のすぐ横です。急にあ〜るが吠えだしたんです。えっ?満ち潮?あ、そうか!はい!すぐ来てください。お願いします。」

徐々に満ちてくる潮の流れと共に匂いの輪郭が僅かづつだが確実に増していく。

『金峰』の船体がこちらに向け迫り来る。防波堤の下に強引に横付けする消防艇。

少し高いが、構わず飛び降りるおいらと沙世子。

「どっち?あ〜る・・・」

舳先で先導役をするおいら。もう方向がはっきりと判る。

三十分後。おいらの教えたポイントに潜った市消防局の潜水レスキュー隊員が被害者を発見。上空に戻ってきた『ひばり』が病院に搬送するが残念ながら死亡していたと連絡があった。

「なんばしよっと?」

帰り際。再び北防波堤の横まで消防艇で送ってくれた艇長に感謝して陸に上がると、沙世子は石を何個か積み出した。

「いえ。大した意味はないんですけど・・・。なんとなく被害者の方。陸に戻って来たかったんだなって思って・・・。」

うん。

と大きくはうなずくと艇長は敬礼して去っていった。

答礼しながら沙世子は

「誰のために?」

と、やがて大きくなる疑問を初めて口にしていた。

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 この作品はTV版『六番目の小夜子』から発想を得た二次創作作品です。
著作権はこれら作品の作者にあります。無断転載・複製・再配布などは行わないでください。

 

 

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