〜2.夢見たものは・・・〜

「西浜中に向かって!」

GPS航法装置を操るコパイにインターホン越しに指示を出す沙世子。

「ひばり」の行く手を阻むように季節外れの雷雲が前方に現れる。

「ちぃ!気象レーダにゃ写ってないぞ!。あんな雷雲!」

突然気流が悪くなると、ハーネスなしでは放り出されるような揺れがヘリを襲った。

「ギャン!」

「あ〜る!」

おいらは急に体が浮いて天井に叩きつけられてしまった。

沙世子が下から支えてくれなかったら荷物の中に突っ込むところだ。

丁度沙世子に抱かれた形でおいらは吐き気と戦っていた。犬の三半規管はデリケートなんだぞ!

「ひばり」はあっという間に地表近くまで高度を落とすと、エンジンを最大出力まで上げ、やっとのことで再び上昇を始めた。

「でぇ!危なかった!警告灯あんなに点いたの初めてっすよ!」

「MyGod!酷いな!こりゃ・・酷すぎる!」

「レスキューガール。見たくないだろうが、左翼に岬市の中心街が見える。」

沙世子はハーネスを引きちぎるように体を傾けてウィンドウに顔を向ける。

「酷い!」

叫ぶ沙世子と固まる背中。

一瞬のうちに中心街を通り抜け西浜中の上空にさしかかる。

「うわー!校舎が・・」

「よし!校庭に降りれそうだ。しっかりつかまっとけよ。気流が悪いんで揺れるぞ!」

おいら達はガクンとすごい勢いで地上に「落ちた」。

今までで最低のランディングだが、なんとかJOEの腕で地上に降り立つことが出来たようだ。

「こちら『すかいらーく』!岬市上空にタービュランス(乱気流)発生中!付近の気象情報を要求する。最寄りのステーション、応答ないか?」

JOEがマイクに怒鳴りつけると間髪を入れずに返答がある。

「こちら木更津上空航空管制中E−767『エアジン』。データリンク中各機に連絡した。最新ウェザーを送る。現在岬市、千葉市、木更津市の海浜工場地域において大規模火災発生中。消火中各ステーションは十分注意されたし。」

「ついにAWACSまで繰り出したか・・戦争でもおっぱじめるんか、あのおっさんは。」

バラバラと人々が寄ってくる。

「救援物資を運んできました!責任者の方はいらっしゃいませんか?」

中田がハンドマイクで叫び、一番に飛び出した。

「ご苦労様です。校長の伊藤です。負傷者が多数います。ヘリに乗せて下さい!」

JOEが答える。

「判っています。中田!トリアージ(災害時において、より多くの生命を救うべく、負傷者の治療の優先順位を決め、後方の病院へ早く確実に搬送できるように手はずを整える行為)は任すぞ!校長先生、物資の搬出に人を出して下さい。災害救助犬とハンドラーが来ています!逃げ遅れた人がいる建物に案内して下さい。沙世子!一人でやれるか?俺は機を離れるわけにはいかん。」

「大丈夫です!行けます!」

沙世子は機材と荷物を降ろすと教頭らしい年配の女性の後を追う。おいらも後に続いた。

おいらにとってこのあたりは懐かしい匂いが漂う場所。

ここには忘れられないたくさんの思い出が渦巻いている。

しかし、今おいらの鼻にはそれ以外の禍々しい匂い。血と死者の匂いが容赦なく流れ込んでいた。

 

「これは・・酷い!」

校舎は一階部分の半分ほどが潰れていた。

再び沙世子の背中が凍り付く。

手早く装備を身につける。おいらもレスキューベストを着せてもらい準備完了だ。

「あ〜る!やることは判っているわね。さ〜が〜せ!」

指先から沙世子の想いが糸を引く。

「まぁ。聞こえる?」

沙世子がヘルメットに仕込まれた小型マイクに向かって報告を開始した。

「教頭先生から状況を聞いたわ。一階の大部分で座屈倒壊が発生。十数人の生徒と先生が生き埋めになっている可能性あり。大至急重機の導入が必要よ。まだ消防のレスキュー部隊さえ到着してないわ。体育館はまだ原形を留めているので付近の住民の人達の避難所になっています。重機だけではなくレスキューの投入も必要。一刻を争うわ!」

沙世子がしゃべっている先は熊本のまぁ。

教授が渡した今回の新兵器は、沙世子が身につけたウィンドブレーカーとヘルメットにあった。

ウィンドブレーカーはリサイクル材から生まれた薄く強靱で通気性、遮熱、保温性に優れた繊維を素材に使用し、有機FLディスプレイが袖口に縫いつけてある。これは夜間手元を照らす明かりにもなる。

強力な小型LEDヘッドランプ、GPS装置と共に衛星を使った無線通信装置はヘルメットに組み込まれている。

腰のバッテリーは空気電池を元にしていてこれら全てに電源を供給しながらスイッチを入れたままでも三日間は保つ。

サイバーレスキュースーツ(SRS)。

アメリカの某企業が軍事用に開発したものを、何の因果かKSARで試験してもらうべく一着だけ送ってきていたのだ。

沙世子はそれらの機能をろくにレクチャーなしで縦横無尽に操っている。

おいらは必死で匂いを追う。

押しつぶされた一階の部分。一年生の教室棟付近に強い匂いの一団があった。

近づいて確認しようとすると集まってきた人々から口々に声があがる。

「崩れるぞ!あぶない!」

おいらは沙世子が乗っても大丈夫そうな場所を選びながらコンクリートの固まりと化した校舎の周りを嗅ぎ回った。

血の匂い。

恐ろしいほど大量の。

鉄分を含んだその独特な匂いがおいらの鼻を容赦なく叩く。

そして今はまだ僅かな匂い・・死臭。

おいらはそっと振り返り沙世子に首を振る。

(ここには生存者はいない・・)

ハンドラーと犬にしか判らないボディランゲージ。

「あ〜る。もう一回。確認して!」

冷静な沙世子の声。

通常災害救助犬は二頭でチームを組む。

一頭が万が一生存者を見逃しても、もう一頭がそれをチェックし補完するためだ。これに、さらにもう一頭がサブとして付くことも多い。

しかし、今ここにいるのはおいら一頭の為、同じ場所を二回は捜索しないといけない。労力が多くて負担が大きな作業だ。

でもやらなければならない。

なぜなら、災害救助犬に生存者発見ミスは許されないから。

生存者を見逃したらおいら達は沙世子も含めて殺人に等しいミスをしたことになる。

おいらは付近をもう一度捜索する。結果はさっきと同じ。

一年生の教室があった付近には死者の匂いしか残っていない。

その時、おいらの周りの空気がゆらりと震えた。

おいらの耳が震え、思わず尻尾を巻いて体が逃げようとする。腰が砕ける。

来る!

間髪を入れず、沙世子が叫んだ。

「余震よ!みんな建物から離れて!」

「ドーン!」

地面が大きな音を立て、大地が揺らぐ。

沙世子はおいらを抱え、校庭に走る。

一気に校舎の二、三階が崩れだし、今捜索した箇所にコンクリートの根柱が雨のように降り注ぐ。

「イヤァー!」

校舎の中で永久の眠りについた生徒の母親の声だろうか?

血を吐くような悲痛な叫びの風がおいらと沙世子の心に絶対に消えない傷を残して吹きすさぶ。

 

西浜中の現場で再度犠牲者の埋もれている場所を確認し、校長先生に報告した後、沙世子は目印を残した。

鉄の棒を立ててそこに建設現場で使う蛍光テープを巻く。

線一本は確認したが残念ながら死亡の反応を示したところ。

線二本は生死不明の反応を示したところ。

線三本は生存者発見。大至急救助活動開始が必要。

沙世子が墓標のような目印を見ながらポツリと呻く。

「この印があといくつ続くんだろうね。あ〜る。」

 

おいら達は徐々に捜索範囲を拡大していった。

避難している近所の人々から次々と捜索依頼の声が掛かる。

到着からいつの間にか一時間余りが経とうとしている。

「ひばり」は既に一回目の負傷者搬送を終えて、再び西浜中に舞い降りていた。

避難している人々の話からどうやらこの一帯は殆どの家屋が全壊か半壊の被害を受けており、その中で生き埋めになっている人達も相当数いるようだ。

消防も警察も連絡さえつかず、自衛隊の応援もいつになるか判らない。

本来なら連携を取りながら捜索しないと生存者を探し出しても助け出す術がおいら達にはない。

徐々においらも沙世子も焦りはじめていた。

あった筈の土地勘もここまで完全に破壊された町並みの中ではおぼろげになりがちだ。

回りに集ってくる人々の目つきもおいら達を責めたてる。

(早く父を、母を、妻を、夫を、妹を、兄を探して!)

それらは声なき声となっておいらと沙世子を精神的にじわじわと追いつめていく。

こんな経験は今までなかった。

「まぁ、おばあちゃんから連絡はまだない?」

ゆりえさんの身を案じる沙世子。

目と鼻の先にいながらおいら達は助けに行くことはおろか、連絡する術さえない。

なんとかしないと・・。

「ザ、ザザ・・」

無線機が声を立てた。ヘルメットのイヤプロテクタからまぁの声が漏れる。

「まだ連絡ないみたい。自衛隊の到着は目処も立たないわ。どうなっちゃってんの?もう一度教授をつついてみる!」

「その必要はない。」

いきなり教授の声が割り込む。

「沙世子君。すまない。なかなか応援を送ることが出来ない。重機とレスキューは今、全国から掻き集めているが到底すぐには送ることが出来ない。しかし、なんとかしてみる。熊本を応援チームが飛び立った。なんとか合流まで踏ん張ってくれ!」

「わかりました。やってみます。」

とは言いながらも、段々と誰の助けも受けられなくなっていく。

倒壊した木造家屋の下、まだ幼い少年の死臭を嗅ぎ取り、やりきれない思いで報告して沙世子と共に次の現場に向かおうとした時だった。

「沙世子ちゃん?沙世子ちゃんじゃない?!」

そ、その声は・・・。

振り向く先に懐かしいおいらの元ご主人の姿があった。

「おばさま!」

沙世子は飛びつくようにその手を握る。

「よくご無事で!おばあちゃん・・いえ祖母をご存じありませんか?」

「大変よ!沙世子ちゃん。あ〜るも一緒に来て!ゆりえさんが・・」

沙世子の顔色がさっと変わった。いきなりゆりえさん宅に向かって駆けだしていく。おいらも慌てて後を追った。

 

沙世子の祖母、ゆりえさん宅のある鮫が丘の方は被害も意外と少なく、原形を留めている家が多い。

だが、くねくね道を抜け、突然現れた「それ」を見た時、おいらは思わず立ちすくんでしまった。

そこに建っていた筈のどっしりとした古い洋館の姿はなく、代わりにガラスと木材と瓦で出来た奇妙なオブジュが忽然と現れたからだ。

「お、おばあちゃん・・・?」

「おばあちゃん!おばあちゃん!!おばあちゃん!!!」

 

堰を切った沙世子の叫びに後押しされるように、おいらは空中嗅ぎ(エアー・センティング)を始める。

「あ〜る!お願い!おばあちゃんを、おばあちゃんを探して!お願い!」

我を忘れた沙世子の叫び。

おいらは、全神経を鼻に集中して津村ゆりえの匂いを嗅ぎ回る。

 

瞬間!

 

見つけた!

 

立ちこめる埃と煙でむせかえるような世界の中で唐突に一つの匂いが鼻腔を伝って来た。

ゆりえさん!

おいらはガラスが散乱する玄関脇を抜け、裏口のあった方に一目散に駆ける。潰れた勝手口のドアの隙間。その僅かなスペースからゆりえさんの「生きている」匂いが漂ってくる!

「ヴァフ!」

吠えて知らせる声に導かれ、飛んできた沙世子がガシッとおいらを抱きしめる。

「あ〜る。ありがとう!」

「おばあちゃん!おばあちゃん!いるの?!返事をして!おばあちゃん!」

振り向きざま、地面に這いつくばって、沙世子は懸命に呼びかけを続ける。

「沙世子?」

意外にしっかりしたゆりえさんの声。生きてる!

「おばあちゃん!待ってて!今助けを呼んでくる!」

「まぁ!おばあちゃんが大変なの!助けて!おばあちゃんを助けて!」

沈黙・・。

無線の応答がない。

「どうしたの。まぁ?まぁ!」

「ごめん。沙世子・・。自衛隊の到着はあと二時間以上かかるそうよ。応援もそのくらいにしか着かないわ。」

疲れ切ったまぁの声。教授の声もかぶって入る。

「すまん。私達の準備不足だ。どうにも輸送戦力が足らん。『ひばり』も目一杯働いてもらっているんだが負傷者受入先も足らない状態なんだ。」

「そんな・・助けて!おばあちゃんを助けて下さい!教授!」

気がつけば夜の闇がすぐそこまで迫って来ている。

おいら達はとうとう孤立無援になってしまった。

 

茫然としてその場に立ちつくす沙世子。

おいらはそんな彼女を励ますように、鼻を隙間に突っ込んでゆりえさんの匂いを追って行く。隙間に強引に体を押し込んで奥の方に体をずりやっていくと懐かしい匂いの壁に突き当たった。

ゆりえさんだ!

「クーン・・」

鼻を鳴らしてもっと擦り寄ってみる。

「あ〜る。その声はあ〜るだね。助けに来てくれたのかい?」

苦しそうなゆりえさんの声。

折れた柱が、かろうじて彼女の上の瓦礫を支えていて、今にも折れそうにギシギシ音を立てている。

すぐに柱の上に崩れ落ちた建物の残骸を取り除かないと次の余震で柱が耐えられなくなったら最後だ。

おいらは着物の一部に噛みついて、ゆりえさんを引き出そうとしてみたがビクともしない。

「おばあちゃん。おばあちゃん大丈夫?どこも怪我していない?」

「うん。うん。もう大丈夫だから。沙世子は他の人を助けなさい。」

「嘘!おばあちゃんを助ける!助けるから!」

「沙世子。おまえは、今、生きている人を見つけるのが仕事なんだよ。きっと他にも生き埋めになっている人達が居るはずよ。その人達を探し出して。もっと勇気を出して。扉はきっとまた開くはずよ。」

弱々しいが毅然としたゆりえさんの声。

ハッとする沙世子。

「でも!おばあちゃんを残しては行けないわ!」

「行きなさい!沙世子・・」

おいらはどうするべきか判らなくなった。

このままだとゆりえさんを見殺しにしてしまう。でも、他にもおいら達を待っている人々がいる。

「クゥン?」

振り返ったおいらに戸惑う沙世子の目。どうしたらいいんだ?

「ギシッ!」

柱がずり下がってくる。

「ウッ」

ゆりえさんの苦しそうな声。

「おばあちゃん!」

半分泣きじゃくりながら、無駄とは知りつつ、沙世子は瓦礫を取りのけていく。おいらも隙間を少しでも広げようと前足で土を掻く。

弱々しくなっていくゆりえさんの声。遠ざかっていく生きている匂い。

(目を瞑って!念じて!助けてって心で念じて!)

こ、この声は・・六番目の小夜子の時に聞いた赤い服の女の子の声!!

ビクッとして沙世子の目を見上げる。瞬時にうなずく彼女の目。

「あ〜るも聴いたのね。あの声を・・お願い!誰でもいい!おばあちゃんを助けて!私がどうなっても、おばあちゃんを助けて!」

地に伏せ、目を瞑り、必死で祈る沙世子。

おいらは夕闇迫る天空に向かい、声を限りに遠吠えた。

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この作品はTV版『六番目の小夜子』から発想を得た二次創作作品です。
著作権はこれら作品の作者にあります。無断転載・複製・再配布などは行わないでください。


 

 

 

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