〜3.Elm〜

「・・よこ・・」

「・・さよこぉ・・」

「さぁ・よぉ・こぉ・・」

遠くからかすかに聞こえる呼び声。

徐々に近づいてくる。

ガバッと体を起こす沙世子。

「あ〜る。聞いた?今の声。探して!早く!」

おいらは一目散に声の方向に駆け出した。

あの声にも聞き覚えがある。

つい四ヶ月前にも聞いた懐かしい声!

「あ〜る!」

目の前に声の主が飛び出してきた。

「ヴァフ!」

玲!潮田玲!

もう一人の六番目の小夜子!

「沙世子はどこ?」

こっち!

後から駆けてくる玲の足音。

「沙世子!!」

「玲!!」

まるで自分の半身を見つけたように、飛びつき抱きしめ合う二人。

同時にどこからともなくエンジン音が二つ。

近づいてくる。

「こっちよ!」

瓦礫の山から顔を出しながら玲が怒鳴った。

「ヴィーン!」

甲高い音を響かせながらYAMAHAのオフロードバイク、SEROWがヘッドライトをきらめかせ、小山のようになったブロック塀の残骸を踏み越えてやってきた。その後ろから古ぼけたスズキの四駆、ジムニーが倒れた電柱を避けながらゆっくりと姿を現す。

「玲!大丈夫か?津村?津村じゃないか!どうしたんだ?」

ヘルメットを脱ぐライダーの顔を見た沙世子。

目を見開いて意外そうに

「ユキ!唐沢由起夫君!?あなたこそどうしてここに?」

「玲と兄ちゃんを駅に迎えに出たらこの地震でさ。店潰れて、母さん外にいたんで無事だったけど。ふらりと来てくれた親父と近所の下敷きになった連中助け出したりしてたら、急に玲が『呼んでる!』って叫んで飛び出して・・慌ててバイク引き出して追いかけたんだ。それより、どうしたんだ?」

「大変なの!おばあちゃんがこの瓦礫の中に!」

「ゆりえ先生が?!」

ジムニーが停車し、背の高いやせた男と秋が降りてきた。

「あなたは・・」

沙世子が問う前に男は

「話は後。玲ちゃん、後ろのシートから水出して。その犬だいぶまいってる。一息つかせよう。秋、ユキ。シャベル出せ!早く掘り出さないと!」

五人が懸命にシャベルやスコップを使って瓦礫の山を切り崩す間、おいらは玲からついで貰った水をむさぼり飲んだ。

「よし!あとはウィンチで吊り上げるぞ!」

男の声に二人の青年はキビキビとジムニーのフロントウィンチからワイヤーを延ばし、ゆりえさんの上に覆い被さった太い柱に巻き付けようとした。

「チリン・・」

一瞬響く鈴の音。

バッと振り向く沙世子、玲、おいら。

「聞こえた?」

「うん!」

と玲。

「ヴァフ!」

「秋!直接柱にワイヤー結ぶなって!そんなことしたら途中で切れちゃう。この木の枝に一旦渡して!」

秋は手早くワイヤーを手繰ると、近くで根を張る楡の木が差し伸べた太い枝にそれを渡し、再び崩れ落ちた柱に先端をしっかり結んだ。

「よし、いいぞ!親父!」

同時に巻き始めるウィンチの電動音。

運転席にはさっきの男が座り、慎重にエンジンを吹かす。

たちまちウィンチは悲鳴を上げ始め、ピンと張ったワイヤーは今にも切れそうに反り返る。

四つのタイヤが地を噛み、バックギヤに入れた車体は必死に後ずさろうと体を揺らす子犬のようだ。

「頑張って!」

「ガンバって!」

同時に叫ぶ二人。

子犬が倒れた大きな主人を引っ張るようなもので、一見滑稽だがおいら達は全員が心から祈っていた。

どうか、どうか・・

気づかないほど徐々にだが、柱が宙に浮き出した。

「頑張れ!もうちょい!」

ユキと呼ばれた青年が柱の傍らに立って声を掛ける。

「メリ!」

うめきのようないやな音と共に楡の木が傾き出す。

「キャー!」

二人の小夜子の悲鳴と共に、ワイヤーを張った枝がスローモーションのように折れた・・・。

その時。

おいらは確かに見たのだ。

折れた枝が下にではなく、横に飛ぶのを。

「ベキッ!」

一瞬遅れて音が現実となって耳に突き刺さる。

「ドン!」

柱の倒れる音。

「おばあちゃん!」

沙世子の絶望の叫び。

駆け寄るおいら達。ユキが血だらけ、土だらけ、傷だらけのゆりえさんの体をそっと抱えようとしている。

「おばあちゃん!」

「大丈夫!津村!大丈夫!柱はゆりえさんにかすりもしなかった!大丈夫!」

頬を紅潮させ、興奮した声でユキが叫ぶ。

おいらは知っていた。

枝が折れる瞬間、楡の木が満身の力を振り絞って体を揺すり、力を横方向にずらしてくれたってことを。

おかげで、その力を利用してゆりえさんの上に腰を据えていた柱を転がすことが出来たってことを。

「ゆりえさん!ゆりえさん!」

懸命に声をかけ続ける男。

秋とユキの父。

「秋!バックドア開けて毛布出せ!担架作るぞ。ユキ!お前も手伝え。玲ちゃん添え木になるもの探して。」

的確に若者達に指示を下す。

うっすらと目を開けるゆりえさん。

「さ、沙世子・・」

「ここよ。おばあちゃん・・」

優しく微笑みかける沙世子。

「に、楡の木にありがとうって・・」

「わかってる。わかってるわ。」

「ザ、ザ・・お待たせ!レスキューガール!騎兵隊の登場だぜ!」

突然沙世子の無線機が空電ノイズと共に生き返った。

「その声は・・ジョー!どこにいるの?」

「あんた達から20km程北だ。やっと陸自の連中が動き出した。今西浜中に向かっている。グランマは助け出せたか?」

「今、担架を作ってるわ!ジョー、お願い。一刻も早くおばあちゃんを病院へ!」

「わかってる!すぐ中学へ来い!中田が待機してる。」

あり合わせの毛布で担架を作り、ゆりえさんをなんとかジムニーに乗せると沙世子は秋とユキの父に頭を下げる。

「祖母を頼みます。」

「わかりました。任せて下さい。君の犬。良い鼻と耳をしてる。信頼してやってください」

「秋。ゆりえさんお願い。私、沙世子と一緒にいる!」

「わかった!でも、無理するなよ。ユキ・・」

「了解!先導するよ。」

ユキがメットをかぶりながら笑いかける。

ジムニーとSEROWが去った後、ほんの一瞬の静寂があたりを包んだ。

二人は楡の木の根本に駆け寄ると、その幹を抱きしめて小さな声でささやいた。

「楡の木さん。助けてくれて、ありがとう・・」

ザラリと楡の梢が音を立てる・・。

遠くからバラバラとたくさんの羽音が聞こえてきた。

「ひばり」を先頭に、日暮れた夜の闇をものともせずに飛来するヘリ達の音だ。

玲が、強い強い意志の力で瞳を燃やしながら振り向く。

「沙世子!」

「あ〜る・・・さ〜が〜せ!」

おいら達の反撃がここから始まる。

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 この作品はTV版『六番目の小夜子』から発想を得た二次創作作品です。
著作権はこれら作品の作者にあります。無断転載・複製・再配布などは行わないでください。

 
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