〜5.紅萌ゆる〜
後日「奇跡の一夜」と語られた夜を、おいらは死んでも忘れないだろう。 地獄の淵。 月が隠れ、街灯も点かぬ、漆黒の街並み。 飛び交うは、大きなヘリコプターの羽音のみ。 おいら達二人と一頭は砂塵の中、共にこの暗黒の世界を疾駆した。 理由は判らない。 その夜、二人のハンドラー達はおいらよりも鼻が利き、耳が良く聞こえるようだった。 埋もれた人々の助けを呼ぶ想いが、どこから流れてきているのか、感じ取っていたようだ。 二人から指示された場所をおいらの鼻と耳でサーチすると、ほぼ100%で何かが発見できた。 遺体から流れ出る、この世に未練を残す死者の匂い。 生存者からの助かりたいという、かすかなうめき。 おいらが次々に反応を返すと、二人はユキが持ってきてくれた花屋のリボンを手近な棒に結び、反応があった場所に目印として突き刺していく。 命を伝える三本のリボン。 一本目は確認したが残念ながら死亡の反応を示したところ。 二本目は生死不明の反応を示したところ。 三本目は生存者発見。大至急救助が必要。 沙世子は衛星無線を使い、KSAR本部経由でGPS位置情報をキティホークの対策本部に送る。 玲は小型トランシーバでユキと秋に連絡をとり、やっと到着した陸上自衛隊と協力し、彼らを現場に誘導する。 土地勘がある彼らが先行することで少しでも到着時間を節約できるからだ。 おいら達は彼らに後のことを託して移動する。 やっと歯車が噛み合いだした。 何時間捜索を続けただろうか? 次第に時間の感覚がなくなりだして、おいらは深い闇の中を彷徨っている気分になっていった。
深い闇の中。 ヘッドライトが闇を切り裂き、ジムニーが小型の車体を生かして細い路地をすり抜けながら戻ってきた。 「応援を連れてきたぞ!」 運転席から秋の叫ぶ声。 後ろから陸自のパジェロがのっそり追いかけてくる。 突き破るようにドアを開けると黒い仲間の影がバラバラと降りてきた。 「沙世子!玲!」 「まぁ!どうしたの?熊本は大丈夫なの?」 「もぉぉぉ大変!てんやわんやよ!でも、そんなことよりあなた達を助けたくて!陸自のヘリより早く着くって言うんで県のチャーター便に飛び乗っちゃった。彼らも一緒よ!後から後からみんなみんなやってくるわよ!」 「彼ら?」 「やれやれ、なかなか引退させてもらえないらしいぜ。」 「老犬をこきつかうなんて殺生やで・・」 ぶつぶつ文句たれながら車を降りてくるのは・・。 龍&ataruのペア! おいら思わず本音が出る。 「来てくれて嬉しいよ!」 「あんさんだけではちと荷が重いでっしゃろ?」 「そういうこと。」 ったく、こいつらばかりは・・。 最後に車から降りた人物の匂いにも憶えがあった。 「一美さん!」 沙世子のうれしそうな声。 鳴滝一美。 ダックスフントのダイアンと共に、人吉の捜索の時に一緒だった沙世子に瓜二つの女性ハンドラーだ。 「久しぶりね!あ〜る」 ダイアンがパジェロから飛び降りた。 「こっちのアパートをお願い。多分二人くらい埋まっているわ!」 玲がまぁに声をかける。 「わかったわ。二人は食事と休憩をして。あ〜るのは唐沢さんからの差し入れよ。」 ジムニーの後部座席に米軍提供の戦闘糧食(コンバット・レーション)が置いてある。おいらにはちゃんと高級ドッグフード! 「さっすが動物探偵。ドッグフードの方が豪華じゃん・・」 うらめしそうにおいらを見ながら、早速レーションの封を開けようともがく玲。 「玲、あ〜るの世話が先よ!」 沙世子はおいらの給水の為にボウルを用意しながらたしなめた。 「おっと、ごめんね。あ〜るぅ」 ブラッシングを受けながら足の裏に何か挟んで怪我していないか、鼻の中に異物を吸い込んでいないか、入念にチェックして貰う。 おいら達、災害救助犬は現場でその能力をフルに発揮する為、どうしても無理しがちだ。 ハンドラーはオーバーワークになった犬に対して手綱を緩め、休憩を取らせつつ犬の能力を100%引き出さなくてはならない。 「ほんとにありがとう。助けに来てくれて。私、どうすればいいか、あの時は本当に判らなくて・・。」 「なんか頭の中に沙世子とあ〜るの声が聞こえたんだよ・・。ほら、研修で熊本行った時、震災時のオペレーション展開の話があったでしょ?だから、私もきっと沙世子とあ〜るが来てくれる。向かってるってそんな思いがあったんだ。それと沙世子だったらゆりえさんの家どうなってるか心配してるだろうって・・。あとは勘だよ。」 「お家の方は大丈夫?」 「マンションだったから、家の中は足の踏み場もないけど何とか大丈夫。耕とお父さんも無事帰ってきたし。ユキの所のおばさんも怪我たいしたことなくて帰ってきたから・・まあなんとかなるっしょ。」 三十分後。 元気を回復したおいら達は、再び捜索に加わって捜索の範囲を拡大していった。
闇の中・・うごめく犬達がいた。
崩れ落ちた家の外に、主の元を離れない一頭の柴犬が腰を下ろしていた。 吠えるでもなく、主人を捜すでもなく、ただ彫像のようにたたずむその姿。
目の見えない主人と共に、生き埋めになっていたレトリバーがいた。 自分だけ助かろうと思えば這って出られたかも知れない。 でも、そいつは這い出ようとはせずに主人と共に埋もれていたんだ。 主人が寂しくないように。
逃げ出して、群れになった犬達もいた。 首輪を付けて、中には引き綱まで付けて、所在なげに街をうろつく犬達。
人と共に生き、人より先に地に還る人間以外の生き物達。
闇の中・・うごめく人々がいた。
必死になって瓦礫を片づけ、なんとか生きていける環境を整えようとする家族。その顔には苦境にもめげず、生きるという目的に力を合わせて立ち向かう気力がみなぎっていた。
倒れた家を呆然と見つめたままの老夫妻。 近所の知り合いが声を掛けてもボーっとした顔で返事もせずに、ただ家の跡を凝視し続ける二人。 肩を寄せ合い、じっと・・。
火災が発生し、一面焼け野原になった街の一角。 家に埋もれて、生きながら逝ってしまった肉親の一部でも掘り出そうと一生懸命スコップを振るう人々。
倒壊したビル。 コンクリートと鉄と木の山の傍ら。 沢山の老若男女が、素手でそれらを取りのけようと蟻のように働いている。 そこにいるはずの大切な人を一刻も早く掘り出すために。
そんな現場の一つ一つを沙世子と玲とおいらは素早く着実に捜索を進めていく。
後から後から続々と応援が到着する。 全国各地から集まったSAR(サーチ&レスキュー)のボランティアと災害救助犬達。 自衛隊、消防、警察、医療等々の応援部隊。 先頭に立って指揮を執るのは瑞季二尉。
沙世子は、おいらの疲労を推し量りながら、他の班のataruや龍と的確に交代させ、人々を捜し歩く。 体中が休息を要求し、歩を進めるたびに足をもつれさせて、それでもおいらと彼女達は探し求めた。 埋もれた人々の命の痕跡を、一刻も早く見つけ出す為に。 その姿は廃墟の中から倒れた者をヴァルハラに運ぶワルキューレのように雄々しく、神々しく人々の目に刻み込まれていく。
いつの間にか、あたりは夜明けを迎える前のモノトーンカラーに染まりつつあった。 様々な色が世界に満ちあふれる前の荘厳なひととき。 おいら達は、やっと市の中心街を抜け、官庁街への道を辿っていた。 目前には地盤が隆起した二メートルにも及ぶ壁がそそり立っている。 なんとか壁をよじ登り、台地のようになったその向こうを垣間見た時。 「エッ!!」 「ひどい!」 彼女達は同時に息を呑み、言葉を失った。
なにもない・・。
「爆心地」=「グラウンドゼロ」
本当に、ここに爆弾かなにか落ちたように、綺麗さっぱり人間が作った建造物は消えてなくなっていた。代わって広がる瓦礫の原野。
「ひどい・・ひどいよ・・。」 「こんなのって・・私達が何をしたの?!なんで私達だけがこんな目に遭わなくちゃならないの?ねえ!沙世子。教えてよ。教えてよ!沙世子!」 突然、玲がパニックに襲われる。 無理もない。 沙世子は道中ヘリの中から、チラッとでも惨状を垣間見ているが、玲はいきなりこの光景を目の当たりにしたのだ。 「玲!お願い、玲!しっかりして。」 玲の肩を抱いて揺さぶりながら、堪えきれず涙を滲ませる沙世子の目。 その瞳がカッと見開かれると、瞬時においらに命令が下る。 「あ〜る。左の奥。何か動いたわ!さ〜が〜せ!」 ありったけの想いを込めた指先に向かって、おいらはダッシュした。
小夜子の傍らを飛び出すと同時に、そいつは地面から湧いて出たようにおいらの方に向かって一目散に突進してきた。 危ういところで身をかわす。 真っ黒になったシェパードの子犬だった。生後三ヶ月くらいか・・。 「こっから先はおいらのご主人の縄張りだ!通すもんか!」 おっ、こいつ生意気な・・。 「おい、そのご主人は今どこにいる?この瓦礫の中にいるんじゃないのか?」 急にチビの体が震え出すと助けを求めてきた。 「こっちこっち!さっきから全然動かないんだ。おじちゃん、助けて!」 お、おじちゃんはよけいだっつーの。 そいつの後からついて行くと、100m程先に飼い主らしき初老の男性が地面から半身を引きずり出されて倒れているのが見えた。 下半身には街灯が倒れ込んで足首あたりをがっちり食わえ込んでいる。 「ヴァフ!ヴァフ、ヴァフ!」 生存者発見の知らせを吠えて知らせる。 「おまえが掘り出したのか?ここまで。」 「うん。ご主人苦しそうだったから・・」 上半身は周りから倒れ込んで来た鉄材や看板や自販機などで小山のようになっていたが被災者の胸あたりは呼吸が出来る程ほじくり返した後があった。 「玲!早く!」 沙世子の声がすぐ後ろに近づいてきた。 「大丈夫ですか?どこか痛いところはありませんか?」 すぐに状況を把握したらしく、優しく男性に問いかける沙世子。 かすかにまぶたが揺れる。が、意識は戻らない。 「玲!由起夫君と秋君に連絡して!この人まだ生きてる!」 「お、おっけ判った!」 玲もやっとパニック状態から抜け出したらしく、ポケットから小型トランシーバを取り出すと由起夫達と連絡を取り始めた。 沙世子の袖口に仕込まれた有機FLディスプレイが明滅する。 「はい津村です。あ、瑞季二尉。生存者また一人発見しました。玲が今、秋君達と・・はい?判りました。GPS電波出しておきます。よろしく。」 「玲!『ひばり』が急行してくれるらしいわ!こっちで掘り出すの手伝って!」 沙世子が叫ぶと同時に聞き慣れたジムニーの排気音がおいらの耳に飛び込んで来た。 「津村!玲!大丈夫か?こんなとこまで進んできてたのおまえ達だけだぞ。」 「秋!」 飛び込むように秋に抱きつく玲。 「生きてる人がいるの!」 三人とおいらとチビで、なんとか男性の周りから倒れ込んだものを取りのけるが街灯の柱だけは、がっちり食い込んでいて動かせない。 「弱ったな・・」 舌打ちしながら秋がつぶやく。 「秋、ウィンチは?」 「さっき無理させたんで故障中。モーター焼き切れちまった。」 「レスキューガール!お待たせ!」 突然ヘリの羽音と共に『ひばり』が頭上に姿をあらわす。 「ジョー。困ったわ。街灯の柱が食い込んで怪我人を引きずり出せないの!」 「Roger。そう思って応援を連れてきた。朝日の方向を見てみな!」 地響きをたてて何かがやってくる。 登りつつある朝日を背に沢山の羽音がおいらの耳に入りきれない程飛び込んでくる。 「な、なに?」 玲が不安そうに空を見上げる。 夜明け前のモノトーンから天然色の世界へ。 朝の光が周りを黄金に染めつつ姿を現す。 その光の環を黒く染めつつ、巨大なカブトムシのような物体達が多数天翔けやってくる。 「ロシアのヘリだ。」 驚いたような秋のつぶやき。 「見て!玲、あんなに沢山。後から後から・・」 魅せられたような沙世子の表情。 そう、ロシアのヘリの後からは空を埋め尽くすようなヘリの一団がこちらを目指して飛んでくる。 「あ、あれ、みんな私達のために飛んできてるの?五〇機位いない?」 あきれたような玲の顔。 「岬市の着陸できる全部の空き地に向けてやって来たんだ!大学から小学校までの校庭。河川敷。ヘリポートなんて言ってられないからな。降りれない連中は人だけ降ろして帰るはずだ。助けに来たんだよ!世界中から岬市を!」 ジョーの声に返事も出来ず、二人は抱き合って朝日を見つめていた。
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この作品はTV版『六番目の小夜子』から発想を得た二次創作作品です。
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